7話
円卓の真ん中に広げられた羊皮紙の地図には、赤い印が散らばっていた。なかでも東域は細かく印が刻まれ、誰の目にも異常がわかる。
「以上が管理棟からの依頼だ。浅層の異常調査」
ギルドマスター、オルフェンが地図を軽く弾いた。「担当は銀狼」
「承知した」
銀狼のクランリーダー、シュナイダーは立ち上がらず、座ったまま頷いた。言葉は要らない。それが彼の了承の合図だ。
「西域は赤牙、北は白鷲、南は白百合に任せる。中層入口は俺が直に見に行く」
「枝道だらけの東域は銀狼向きだな」
赤牙のガルドが笑いながら言う。「暗がりはお前らの庭だろ」
「……お気をつけてくださいね」
白百合のリィナが柔らかく声を添える。
「判断が早いのは銀狼の長所」
白鷲のセリナは淡々と短く言った。
カイルは真っ直ぐに背を伸ばし、「了解です!」と声を張る。
「声がでかい」とガルドに肘で突かれ、顔を赤くする。小さな笑いが円卓を和ませた。
オルフェンは地図を巻き取り、さらりと告げた。
「それと、国の要請でサブマスターも同行する」
一斉に視線が俺に向かう。俺は肩をすくめただけだ。
「……国が何を測ろうとしているかまでは知らん。ただ、目は光らせておく」
(理由は伏せられたか。……まぁいい。行けと言われれば行くだけだ)
「学術班から一人、記録係をつける。エリス」
淡金の髪を束ねた女が静かに会釈した。
「観察と記録、必要なら魔力炉の採取を行います」
「護衛は?」セリナが確認する。
「俺がする。命までは落とさせない」
言葉は短いが、十分だった。
「明朝出発。寝坊したら俺の財布に罰金な!」
オルフェンが豪快に締め、円卓に再び笑いが走った。
◇
翌朝、管理棟前。扉の向こうから冷気が流れ出し、湿った空気が肌にまとわりつく。
銀狼の精鋭パーティーが整列していた。前衛二、側面二、後衛一。
最後尾にシュナイダーが沈んだ影のように立ち、その気配だけで緊張が走る。
「配置はそのまま。中央に副団長と学術班」
彼の声は低いが鋭く響いた。
扉が開いた瞬間、苔の匂いと石畳を打つ水音が濃くなる。浅層第二区。
最初の分岐で、側面の一人が跪いた。
「足跡、三つ。昨日。獣型。東へ続いてます」
「東だ。昨日から移動は少ない。まだ近い」
俺が補足すると、全員が頷いた。
◇
角を曲がった先で、鼠型の魔物が五匹。背丈は子供ほど、牙が光り、石をかじる音が反響する。
「散開」
シュナイダーの一声と同時に隊列が割れる。
前衛が盾を叩き、鼠が飛びかかる。
その瞬間、後衛の矢が一匹の喉を射抜いた。
二体が突進し、ナイフの閃きに切り裂かれる。血の匂いが通路に広がる。
残り二匹が狂ったように暴れ、側面の兵が一瞬押された。
俺は指先を軽く滑らせ、風を床に走らせる。石畳が乾き、鼠の足が滑った。
「今だ」
短く言った声に、刃が残りを両断した。
静寂。血だけが石に滲む。
「浅層でこの速さは異常だな」
俺が炉を覗き込みながら言うと、エリスが頷いた。
「表面の粒子が粗い……偽化が始まっています」
◇
さらに奥。天井から蝙蝠型が一斉に落ちてきた。
羽音と甲高い鳴き声が響く。
前衛が剣を振り回し、矢が放たれるが、数が多い。
俺は手を軽く振り、風を壁へ押し付けた。群れごと押し潰す。
残りは銀狼の刃が音もなく切り伏せた。
「助かった」後衛が短く礼を言う。
「数はまとめて処理した方が早い」俺は淡々と告げた。
エリスはすでに炉を取り出していた。
「これは……粒子が粗いどころか、面が異様に滑らか。深層の“加工炉”に似ています」
「自然の成長じゃない、か」
俺の言葉に、彼女は強く頷いた。
◇
水路を渡る地点。足場がない。
「飛び石は避けろ。痕跡が散る」シュナイダー。
「橋なら作れる」
俺は指輪を叩き、風で板を形成。細い橋が水面に伸びる。
列が渡り切る直前、影がざわめき、蜥蜴型が三体走ってきた。
「迎撃!」
前衛が受け止め、側面が斜めに挟む。後衛が矢を放つ——が、一本は水膜に弾かれた。
「床だ。厚い水膜」
俺は二度指を動かし、風で水を吹き飛ばす。摩擦が戻り、次の矢が膝を射抜いた。
蜥蜴は崩れ、残りも斬られる。
「床の状態を読むのは矢より速い」
俺が言うと、後衛は息をつき「次から気をつけます」と答えた。
炉を覗いたエリスが息を呑む。
「浅層産じゃありません。……深層素材で育てられた可能性がある」
「持ち込みか、強制成長か。どちらにせよ自然ではないな」
◇
帰路、小さな広間に置かれた鉄箱。周囲に銀砂。
「証拠は残す。尻尾は出ている」シュナイダーが判断する。
背後で、かすかな金属音。開くのではなく、閉じる音。
剣が鳴り、全員が身構えた。
「追うな。相手の狙いがまだ見えない」
俺は短く言った。
緊張が解け、しかし警戒は残る。
◇
地上に戻る階段前で、エリスが記録をまとめた。
「偽化炉の増加、骨笛の刻印、粉の配合差、銀砂の痕跡……」
「十分だ」シュナイダー。
管理棟での報告は短く終わった。だが役人の目は硬い。
外に出ると光は白く、市場のざわめきが戻ってきた。
それでも耳には、まだあの「閉じる音」が残っている。
(箱も、銀砂も、加工炉も——断片は揃いつつある。
次の探索で、もっと深く繋がるはずだ)




