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5話

石畳を踏むたび、湿った音が響いた。

浅層第三区域の奥へ進むにつれ、空気は濃く、重くなっていく。

水路の流れはよどみ、壁面の苔は赤黒く染まっていた。


「……嫌な色だな」

ガルドが眉をひそめる。拳を握る手は落ち着いているが、目は鋭い。


「普通の浅層なら緑か黒苔しかない。赤は……血の魔力を吸った証拠」

セリナが矢羽根を撫で、声を低くした。


(浅い階層でこの状態……やはり不自然だ。

魔力の濃度が局所的に歪んでいる。

誰かが意図的に仕掛けていると考えるべきだ)


---


曲がり角を抜けた瞬間、異様な光景が広がった。

広間の中央、鼠型の死骸が山のように積まれている。

普通なら仲間を食い荒らすはずの魔物が、あえて残されているのだ。


「……気味が悪い」カイルが唾を飲む。

「魔物が群れて死骸を残すなんて、聞いたことがありません」


「三年前の大異変を思い出すな」ガルドが呟く。

「街の外にまで群れが押し寄せた。あの時も、死骸が積まれていた」


「でも、あれは暴走でしょ? 今回は……」リィナが首を振る。

「うん。今回のは“揃えられている”」セリナが矢を番えた。

「……何者かの意思だ」


(違う。三年前の暴走は、もっと荒々しかった。

今目の前にあるのは、整えられた“陳列”。

俺の知る暴走とは質が違う。

これは……演出だ)


---


死骸の山を抜けた先、通路の奥から獣の唸りが響いた。

群れの気配。だが先程と違い、息の揃った動き。


「来るぞ」俺が指を動かす。風が湿気を裂き、足音の数を拾う。

「十五。いや、二十近い」


「上等だ!」ガルドが前に出る。

オルフェンが大剣を構え、広間の中央へと進む。


暗闇から飛び出したのは、狼型の魔物。

だが通常よりも大きく、牙が異様に長い。

赤黒い苔をまとった体から、濃い魔力が漏れ出している。


「魔力炉が……肥大化してる?」リィナが驚愕する。

「普通、浅層でここまで歪むことはないはず」


「なら、斬るだけだ!」

オルフェンが豪快に斬りかかる。刃が通り、血が飛ぶ。

だが狼型は倒れず、逆に力を増したように飛びかかってきた。


「硬すぎる!」

「俺がやる!」ガルドの拳が牙を叩き折る。骨が砕け、狼型がよろめいた。


「隙あり!」

セリナの矢が眼窩に突き刺さり、巨体が崩れ落ちる。

だが背後から次の群れが迫る。


「遅れるな、カイル!」

「はい!」カイルが必死に大剣を振るう。

一体を斬り伏せるが、刃を抜く動きが遅れ、二体目の爪が迫る。


「まだ甘い」俺は指を二度動かした。

風が爪を逸らし、カイルの頬をかすめて石壁に傷を刻む。


「すみません!」

「次は避けろ」


「了解!」カイルは歯を食いしばり、再び剣を構えた。


---


戦闘は続く。矢が鳴り、拳が響き、刃が血を散らす。

シュナイダーの影が狼型の首を一つ、二つと落としていく。

リィナの治癒が絶え間なく走り、傷は瞬時に塞がる。


俺は指を鳴らした。強風が通路を逆流し、群れをまとめて吹き飛ばす。

壁に叩きつけられた獣の魔力炉が、異様に光を放ちながら砕けた。


「……やっぱりだ」俺は呟く。

「魔力炉そのものが“いじられている”」


「いじられている……?」セリナが眉をひそめる。

「自然の魔物じゃない」

「つまり、誰かが魔物を……作っている?」リィナの声が震える。


(あり得る。

だが、これをできる存在は限られている。

魔導師か……それとも知性を持つ魔物か。

どちらにせよ、浅層にこれをばら撒く意味は?)


---


戦闘が収まり、通路に静けさが戻った。

足元の血だまりに、割れた笛が落ちている。

昨日のものよりも精巧だ。彫刻が施され、魔力の刻印すら見える。


「昨日よりも上等な笛だな」シュナイダーが拾い上げる。

「作り手が複数か、それとも段階的に質を上げているのか」俺が答える。


「三年前の大異変の時は、こんな道具は使われなかった」ガルドが呟く。

「つまり、同じじゃない」

「……違う筋書きが動いてる」俺はそう断言した。


---


さらに進むと、崩れた石像が現れた。

古代文字の刻まれた残骸。水路に沈んだ部分から、魔力が漏れ出している。


「……これ、ダンジョンの核片?」リィナが声を震わせる。

「いや、まだ断定はできない」セリナが首を振る。

「だが、これだけで浅層の魔力が歪むのは確かだ」


俺は膝をつき、指先で風を操る。

魔力の流れが複雑に絡み合い、深層から浅層へと逆流しているのを感じた。

(歪みは浅層だけじゃない。

もっと深い場所で、何かが起きている)


オルフェンが大剣を肩に担ぎ直す。

「答えは、さらに下だな」

「……そういうことだ」


---


通路の奥、暗闇のさらに奥から。

圧倒的な魔力の反応が揺らぎ、こちらを見ているかのように震えた。


(深層の呼吸が……速すぎる。

これは……偶然じゃない。

誰かが意図的に、ダンジョンそのものを歪ませている)


「……次で確かめる」

俺は手袋を直し、指輪を撫でる。


七人は視線を合わせ、無言のまま頷いた。

闇の奥から響く脈動に導かれるように、さらに深くへと足を踏み入れた。



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