3話
朝の街は落ち着きを取り戻しきれていなかった。
昨夜の血と煙の匂いがまだ石畳に残り、通りを行く人々の顔には疲労と不安が刻まれている。
その中を、七人の影が並んで歩いた。
「……幹部が全員だぞ」
「星降りギルドが、揃って動いてる……?」
ざわめきが背後に広がる。
市民たちの驚きと期待の視線を受けながら、俺たちは王都中央の管理棟へと足を進めた。
石造りの巨大な建物は、地下に口を開ける大迷宮を覆うように立っている。
兵士たちが目を見開き、役人が慌てて出迎えに走った。
「七人揃って……浅層調査に……?」
兵士の声は震え、同時に安堵を含んでいた。
オルフェンは大剣を肩に担いだまま笑い、俺は手袋の指先を直す。
(……見られるのは慣れない。だが今日は、仕方ない)
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管理棟の奥に通されると、白髪混じりの長官が机の向こうにいた。
「昨夜の報告、確かに受け取った。……事実ならば、事態は重大だ」
「人為的な誘導は確かだ」俺が言うと、役人が息を呑む。
「だからこそ、星降りギルドに頼む。浅層第三区域を調査してほしい」
「通常ならパーティー単位で潜るのが規定のはずだが?」セリナが問う。
「異例だ。今回は幹部全員で、との通達が王城から下りた」長官の声は低い。
「大規模な戦力を動かすよりも、確実な者に絞りたい……そういう判断だろう」
(つまり、国は“数”ではなく“信頼できる個”を求めたわけか。合理的だ。……いや、俺たちを過信しすぎているだけか)
オルフェンが笑って立ち上がる。
「受ける。それでいいな?」
円卓に視線が集まる。
俺は手袋を直し、指を軽く動かした。
「異論はない」
「なら決まりだ」
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本部に戻ると、七人は再び円卓を囲んだ。灯りの光が、紙と地図を照らす。
「第三区域……水路沿いの通路だ」俺が指で示す。
「香を流すなら、確かに水を利用するのが自然」セリナがすぐに応じる。
「つまり、昨日の仕掛けはあそこから上がってきた」ガルドが拳で地図を叩く。
「幹部全員で潜るなんて、次はいつになることやら」リィナが苦笑する。
「珍しい光景ですね」カイルが目を輝かせる。「俺、皆さんと一緒に潜れるんですか?」
「今回は特例だ」俺が言う。
「普段はパーティー単位で動くのが基本。お前も本来なら、自分のパーティーにいるはずだ」
「はい……!」緊張で声が裏返ったが、目だけは強かった。
「カイルには見せるのが必要だろう」オルフェンが笑う。
「そういうことだ」俺は頷いた。
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各自が散り、持ち場で準備を始める。
セリナは矢を補充し、羽根の角度を微調整する。
「風の流れに合わせるだけで、届く距離が変わる」小さな独り言が静かな部屋に響いた。
リィナは薬草を刻み、包帯を揃える。
「浅層は足場が悪いから、捻挫が出やすい。……怪我人を出さないように」
ガルドは拳に巻く革を油でしごき、しなやかに整えていた。
「これで骨が割れても、俺の手は割れねえ」
シュナイダーは影に紛れ、暗器と糸を確認している。
「……封は強く」それだけ呟き、誰にも見せない手元を隠した。
カイルは大剣を磨きながら、呼吸を整えていた。
「遅れない……絶対に」その声は小さいが、耳に届く。
オルフェンは大剣の刃を研ぎ、隣の俺に笑みを向ける。
「お前から“全員で行く”なんて言葉が出るとはな」
「必要だからだ」俺は手袋を直す。
「……珍しいが、嫌いじゃないぜ」
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再び管理棟。分厚い鉄の扉が開かれると、街のざわめきが遠ざかり、冷たい空気が頬を打った。
「本来はパーティー単位での調査が規定ですが……今回は例外。王城の命によるものです」役人が言い、深く頭を下げる。
「幹部が七人も……」
「星降りギルドが全員動くなんて……」
市民のざわめきが波のように広がる。
「前に揃ったのは三年前の大異変のときだけだ」
子どもが母親の腕を引き、「本物だ!」と目を輝かせた。
兵士たちも驚きを隠せない。
「浅層の調査に、七人が……?」
「国も本気ってことだろう。だが……安心した」
盾を握る手がわずかに緩み、視線は尊敬の色を帯びていた。
誰も言葉を返さなかった。ただ、七人が揃って階段を降りる姿こそが、答えだった。
暗闇の底から吹き上がる魔力の匂いが肺に絡みつく。
手袋越しの指輪は冷たいままだが、その奥で何かがうねるのを感じる。
(浅い層で済めばいいが……)
七人の足音が重なり、巨大ダンジョンの闇に消えていった。




