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「沈黙の猛攻」と束の間の勝利

沈黙の猛攻:夜闇を裂く希望の閃光

鉛色の空が、久留米市に重くのしかかっていた。次元の亀裂から漏れ出る禍々しい光は、普段よりずっと微弱だが、それでも人々の心に深い絶望を刻み続けている。しかし、その夜、地下シェルターに身を潜める久留米の住民たちは、知っていた。今宵、運命の夜襲作戦が敢行されることを。精鋭部隊による「沈黙の猛攻」だ。

久留米魔法学校の地下深く、最終作戦会議室は張り詰めた空気に包まれていた。ホログラムで映し出された異次元生物の陣形図が、静かに光を放つ。その中央で、精鋭部隊の四人が、互いの顔を見つめ合っていた。

「異次元生物の睡眠周期は、この時間帯が最も深い。光の供給もほぼ停止している。これが、我々にとって唯一のチャンスだ」

水の魔術師アリアが、冷静な声で最終確認をする。彼女の瞳は、データが示すわずかな希望の光を捉えていた。

「風の隠密魔法で接近する。音は立てるな。気配も完全に消し去る」

風の魔術師ライルが、静かに指示を出す。彼の声には、いつもの真面目さに加え、揺るぎない決意が宿っていた。

「突入後、ガロードが防御陣を展開。フレイアの攻撃を最大化するために、周囲を固める」

土の魔術師ガロードは、無言で頷いた。彼の存在は、それだけでチームに絶対的な安心感を与える。

「そして、私が全てを焼き尽くす。融合魔法の炎で、奴らの司令官を塵一つ残さず消し去ってやるわ!」

火の魔術師フレイア・ブレイズは、獰猛な笑みを浮かべ、拳を握りしめた。彼女の全身からは、抑えきれないほどの魔力がほとばしっている。


闇夜への潜入:風の囁き

真夜中、久留米の市街地は、不気味な静寂に包まれていた。次元の亀裂の光も、ほとんど見えないほどに弱まっている。この時を待っていたかのように、精鋭部隊の四人は、漆黒のローブに身を包み、久留米魔法学校の地下通路から地上へと姿を現した。

「よし、行くぞ…!」

ライルが静かに呟くと、彼の全身から微細な風の魔力が噴き出した。それは、目には見えないが、彼らのローブの裾をわずかに揺らし、足音を完全に掻き消す。「シュウ…」と、ごく微かな風の囁きだけが、闇夜に溶けていく。

アリアは、自身の水の魔力で、周囲の空気中に漂う微細な光の魔力残滓を浄化し、彼らの存在を異次元生物に感知させないようにする。「サラサラ…」と、水が流れるような、しかし音のない魔力の流れが、彼らを包み込む。

ガロードは、その巨大な体躯にもかかわらず、驚くほど静かに大地を踏みしめる。彼の土の魔力は、足元の地面をわずかに柔らかくし、衝撃音を吸収していた。「ドス…ドス…」というはずの足音は、まるで幻のように聞こえない。

フレイアは、興奮を抑えきれない様子だったが、ライルの隠密魔法に合わせ、魔力の放出を極限まで抑えている。彼女の炎の魔力が、内側で激しく燃え盛っているのが、傍目にも感じられた。

異次元生物の警戒陣は、わずかに残る光の魔力によって機能していた。彼らは、通常ならばどんな小さな物音も見逃さない。しかし、この「睡眠」の時間帯では、その感知能力も著しく低下していた。精鋭部隊は、まさに幽霊のように、警戒網をすり抜け、司令官格の異次元生物が休眠する区画へと侵入していく。


防御と拘束:大地と水の砦

司令官格の異次元生物は、巨大な半透明の球状の姿をしていた。その体からは、普段ならば眩いばかりの光が放たれているはずだが、今は、わずかに点滅する光を放つのみで、まるで巨大な水晶玉のようにそこに鎮座していた。周囲には、その配下の異次元生物たちが、同じく休眠状態に入り、うごめいている。

「司令官格を確認。防御陣を展開する」

ガロードが指示を出す。彼は、標的を取り囲むように、掌を大地に突き立てた。「ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!」と、大地がうねり、分厚い岩盤が瞬く間に隆起する。それは、異次元生物の周囲を完全に囲み込む、強固な防御壁であり、彼らを外部から完全に遮断するための拘束陣でもあった。同時に、ガロードは周囲の地面から強靭な蔓を生み出し、休眠中の異次元生物たちを締め付ける。「ズズズズズズズズッ!」と、まるで生き物のように動く蔓が、彼らを絡めとっていく。

「アリア! 浄化と解析を開始しろ!」

ライルの声が響く。アリアは、生成された岩壁の内側で、水の魔力を全開にした。彼女の体から放たれる青白い光が、岩壁の内部に満ちる。それは、異次元生物の魔力を吸収し、その動きをさらに鈍らせるための浄化の魔法だった。「シューーー…」と、空気中の異質な魔力が、水の中に吸い込まれていくような音がする。同時に、アリアは光の魔力波形を詳細に解析し、司令官格の異次元生物の最も脆弱な部分を特定する。

「司令官格の『核』、中央最上部にあります。魔力の供給が最も脆弱な部分です」

アリアの声が、彼らの脳裏に直接響く。


融合魔法:希望の咆哮

いよいよ、最終段階だ。ライルが、狙撃地点へと移動し、風の魔力を集中させる。

「フレイア! 全ての力を、あの『核』に集中させるんだ! 俺の風で、お前の炎をそこまで誘導する!」

ライルの声に、フレイアは不敵な笑みを浮かべた。彼女は、地面にしっかりと足を踏みしめ、全身の魔力を掌に集中させ始めた。「ゴオオオオオオオオオオオ!!」と、彼女の体から、灼熱の炎の塊が噴き出す。それは、これまで見たことのないほど巨大で、激しい炎の塊だった。その熱量は、ガロードが築いた岩壁すら赤熱させるほどだ。

ライルは、フレイアの炎の塊に、自身の風の魔力を纏わせる。「ビューーーーーン!!」と、唸りを上げる風が炎を螺旋状に巻き上げ、一点へと収束させていく。それは、ただの風ではない。炎の軌道を完璧に制御し、速度を極限まで加速させるための、精密な誘導魔法だ。

そして、アリアの水の魔力が、その炎と風の融合体に、さらなる力を与える。「キラキラ…」と、水の粒子が炎に吸い込まれていくと、炎の色がさらに濃く、純粋な光を帯びて輝き始めた。それは、光の魔力を浄化し、炎の威力を増幅させる、アリア独自の融合魔法だった。

「ガロード! 全ての防御をここに集中しろ! 一瞬たりとも、奴らを動かすな!」

ライルの叫びに、ガロードは全身の魔力を岩壁に注ぎ込んだ。岩壁は、さらに堅固に、さらに分厚く変化し、周囲の休眠中の異次元生物たちの拘束も、さらに強固になる。「ググググググググッ!!」と、大地が軋むような音がした。

そして、フレイアは、その全身全霊を込めた融合魔法を放った。

「はあああああああああああああああああああああああ!!!!」

彼女の咆哮と共に、炎と風と水が融合した、眩いばかりの光の槍が、ガロードが示した司令官格の核へと向かって、一直線に突き進んだ。その光は、次元の亀裂から漏れる光をも凌駕するほどの輝きを放っていた。


司令官の悲鳴、そして束の間の勝利

光の槍は、司令官格の異次元生物の核に、正確に命中した。


勝利の咆哮:久留米の夜空に響く歓喜

司令官格の異次元生物の核に、白く輝く光の槍が突き刺さった瞬間、静寂を破る断末魔の叫びが久留米の夜空に響き渡った。その叫びは、耳を劈くような高周波の音と、地面を揺るがすほどの低周波の振動が混じり合った、おぞましい悲鳴だった。司令官の巨大な半透明の球体が、内部から猛烈な光を放ち始めたかと思うと、一瞬にして膨張し、次の瞬間には、轟音と共に夜の闇に弾け飛んだ。

衝撃波が司令部を襲い、ガラスが砕け散る音が響いた。ホログラフィック投影も一瞬にして乱れ、司令官の姿が完全に消失する。その爆発の閃光は、久留米の街全体を真昼のように照らし出し、次元の裂け目から漏れる禍々しい光をもかき消すほどだった。そして、閃光が消え去った後には、異次元生物特有の不快な臭いがなくなり、代わりに夜の澄んだ空気が戻ってきた。

司令部の中は、一瞬の沈黙に包まれた。オペレーターたちは、モニターに映し出されるデータの変化を食い入るように見つめている。やがて、メインモニターに「TARGET ELIMINATED(標的排除)」の文字が点滅し、それに続いて「DIMENSIONAL RIFT STABILIZED(次元裂け目安定化)」の表示が現れた。

その瞬間、静寂は歓喜の爆発へと変わった。

「やった!やったぞ!」

誰かが叫び、それが狼煙となって、司令部全体が怒号と拍手、そして抱擁の嵐に包まれた。オペラーターたちは椅子から飛び上がり、隣の仲間と手を叩き合ったり、抱き合ったりしている。今まで張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れ、安堵と興奮が入り混じった感情が彼らを支配していた。

特に興奮していたのは、情報分析官の若い女性、アリアだった。彼女はモニターにかじりつくようにして最後のデータを解析していたが、ターゲット排除の表示を見た途端、大きな歓声を上げて立ち上がった。

「信じられない…本当に、本当にやったんだ!」

隣にいたベテランの男性オペレーター、タナカは、眼鏡を押し上げながら静かに頷き、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「ああ、アリア。君の分析がなければ、ここまで迅速に核を特定できなかった。君の功績だ」

リナは顔を赤らめながら首を振った。

「そんなことないです!みんなの連携があってこそです!それに、最前線で命がけで戦ってくれたあの四人がいなければ…」

彼女の言葉は、その場にいた全員の思いを代弁していた。誰もが、今も上空にいるであろう「沈黙の猛攻」のメンバー、アリア、ライル、ガラウド、フレイヤに思いを馳せていた。


地上からの祝砲:街を包む歓喜の波

司令官が撃破された直後、久留米市の上空に浮かんでいた次元の裂け目から、不穏な色の光が急速に失われていくのが見えた。まるで巨大な傷口がゆっくりと塞がっていくかのように、裂け目はみるみるうちに収縮し、やがて夜空に溶け込むように消え去った。それに伴い、街を覆っていた異次元生物の微弱な影響も霧散し、久留米の街に本来の夜の静けさが戻りつつあった。

しかし、その静けさは長くは続かなかった。

司令官が撃破されたことを示すシステム全体のグリーンランプが点灯した瞬間、久留米魔法学校の司令部から、地上部隊への勝利の報が伝達された。無線は一斉にざわつき、各部隊から歓声が上がった。

「司令官撃破!繰り返す、司令官撃破!」

地上で待機していた久留米警備隊の隊員たちは、その報告を聞いて互いに抱き合った。彼らの多くは、恐怖と疲労で顔色を悪くしていたが、その表情は一瞬にして歓喜と安堵に変わった。

「やったぞ!生きて帰れる!」

ある若い隊員が叫び、ヘルメットを脱ぎ捨てて空に投げた。隣の隊員は、ガッツポーズをしながら地面に座り込み、そのまま大声で泣き始めた。

「家族に会える…もうダメかと思ってた…」

そこかしこで、涙と笑いとが入り混じった声が響く。彼らは、異次元生物との戦いで多くの仲間を失い、精神的にも肉体的にも限界だった。だからこそ、この勝利は彼らにとって、何よりも尊いものだった。

やがて、司令部からの指示が無線で響いた。「全警備隊員に告ぐ。警戒態勢は継続するが、市民への勝利の報を伝え、混乱の収拾に努めよ!」

この指示を受けて、パトカーや警備車両のサイレンが、祝砲のように街中に鳴り響き始めた。それは警戒を促すサイレンではなく、勝利を告げる高らかなファンファーレのようだった。拡声器からは、疲労困憊の声ながらも、喜びを隠しきれない警備隊員の放送が流れてきた。

「市民の皆様!お聞きください!先ほど、異次元生物の司令官が完全に撃破されました!これ以上の地球への侵攻は一時的に食い止められました!我々の勝利です!どうか、ご安心ください!」

最初、街に響くサイレンと拡声器の声に、市民は不安げな表情で自宅の窓から外を覗いていた。避難指示が出ていたため、ほとんどの家はカーテンが閉められ、明かりも消されていた。しかし、司令官撃破の報が流れると、あちこちで窓が開けられ、カーテンが勢いよく開かれる音が聞こえた。

「本当…?本当に終わったの?」

「やった!助かった!」

人々のざわめきが、次第に大きな歓声へと変わっていった。誰かが窓から身を乗り出して叫び、それに呼応するように、次々と建物の明かりが灯り始めた。街は一瞬にして、闇の中から希望の光に包まれていく。

あるマンションの一室では、幼い子供を抱きしめて震えていた母親が、放送を聞いてへなへなと床に座り込んだ。子供は母親の顔を見上げ、母親は涙を流しながらも、震える声で言った。

「大丈夫だよ、もう…終わったよ。パパも、きっと、助かったよ…」

別の家では、老夫婦が手を握り合い、無言で涙を流していた。彼らの目には、長年住み慣れたこの街が、再び平和を取り戻したことへの安堵と感謝の念が宿っていた。

そして、どこからともなく、拍手が起こった。それは最初、まばらな拍手だったが、すぐに増幅し、街全体を包み込むような大きな拍手の渦となった。拍手の合間には、「ありがとう!」「お疲れ様!」といった声が混じり、人々は心の底から安堵と喜びを表現していた。


久留米の夜明け:希望を分かち合う人々

夜が明け始め、東の空が白み始める頃、久留米の街は未だ興奮冷めやらぬ状態だった。多くの人々が眠りにつくことなく、自宅から出てきて、通りに集まり始めていた。警備隊員たちは市民の安全確保のため、そして状況説明のために巡回しているが、その顔には疲労とともに誇らしげな笑顔が浮かんでいた。

ある広場では、数人の市民が持ち寄った携帯ラジオの周りに集まり、ニュース速報に耳を傾けていた。異次元生物の侵攻が一時的に食い止められたこと、そして久留米の精鋭部隊がその鍵を握っていたことが報じられると、人々は再び歓声を上げ、互いに肩を叩き合った。

「久留米が、世界を救ったんだ!」

「魔法学校の皆さんが…本当に、命を懸けてくれたんだな…」

見慣れない人々が互いに話しかけ、情報を交換し、共感の涙を流していた。普段は無関心だった隣人同士が、今夜だけは深い絆で結ばれていた。恐怖を共有し、そして勝利を分かち合ったことで、彼らの間には新たな連帯感が生まれていた。

子供たちは、親に抱きかかえられながら、空を見上げていた。夜の闇が少しずつ薄れ、朝焼けのグラデーションが広がる空には、もう次元の裂け目の不気味な光はない。代わりに、朝日の優しい光が、久留米の街を照らし始めていた。

ある小さなカフェの店主は、店の扉を叩き起こし、無料のコーヒーを配り始めた。

「皆さん、お疲れ様でした!ささやかですが、温かいものでもどうぞ!」

温かいコーヒーの湯気が、冷え込んだ夜の空気に漂い、人々の心を温めた。コーヒーを受け取った人々は、「ありがとう!」と口々に言いながら、感謝の気持ちを伝えた。

若者たちはスマートフォンを取り出し、友人や家族に連絡を取っていた。「無事だよ!」「もう大丈夫!」といった安堵のメッセージが飛び交い、電話口からはすすり泣く声や安堵のため息が聞こえてきた。



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