異次元の侵略:空に開いた亀裂、そして絶望
うだるような夏の午後だった。久留米市の上空は、いつもと変わらぬ青空が広がっていたはずだ。しかし、その日の空は、突如として不気味な様相を呈した。まるで巨大な刃で切り裂かれたかのように、空間が歪み、裂け始めたのだ。
「あれ、なんだ…?」
仕事帰りのサラリーマンが、空を見上げて呟いた。彼の声は、不安と驚きで震えていた。ビルの谷間から見上げる空には、黒い亀裂がみるみるうちに広がり、その向こうには、この世のものとは思えない、禍々しい光と闇が渦巻いていた。
「次元の…亀裂だと!?」
久留米魔法学校の校長室では、歴戦の魔術師である校長が、窓の外の光景に絶句していた。彼の顔からは血の気が引き、その瞳にはかつて見たことのない恐怖の色が浮かんでいた。魔法の知識は、この世界を再建する基盤となったが、このような現象は、どの古文書にも記されていなかった。
亀裂は、音もなく、しかし確実に広がり続けた。その深淵からは、地球の空気とは異なる、異質な波動が地上に降り注いでくる。人々は、何が起こっているのか理解できず、ただ空を見上げるしかなかった。やがて、亀裂の中から、おぞましい姿の生物たちが姿を現し始めた。彼らは、まるで光と闇がそのまま形になったかのような、半透明で不定形な姿をしていた。
「ひぃっ…あれは、なんだ!?」
街中に悲鳴が響き渡る。異次元生物たちは、地上に降り立つと、躊躇なく攻撃を開始した。彼らが操る魔法は、地球の四大元素魔法とは全く異なる、未知の力だった。
「火の魔術師は応戦せよ! 防御結界を張れ!」
久留米魔法学校の教師たちが、必死に生徒たちに指示を飛ばした。火の魔術師が放つ炎の渦、土の魔術師が築く頑丈な障壁。しかし、異次元生物の攻撃は、それらの魔法をいとも簡単に打ち砕いた。
特に恐ろしかったのは、彼らが操る「光の魔法」だ。異次元生物が掌をかざすと、そこから眩いばかりの光線が放たれる。その光は、建物を焼き払い、地面を蒸発させ、人々の魔法を吸収し、無力化してしまう。そして何よりも恐ろしいのは、その光が「無限に供給可能」であることだった。
「ダメだ…私の炎が…消える!」
久留米の市街地で、火の魔術師が叫んだ。彼が放った渾身の火球は、異次元生物の放つ光に触れた途端、まるで最初から存在しなかったかのように消滅してしまったのだ。彼の顔には、絶望の色が浮かんでいた。
「防御壁が…溶けていく…!」
土の魔術師が築いた堅固な土壁も、光の熱線にさらされて、みるみるうちに溶解していく。それは、これまでどんな攻撃にもびくともしなかった、人類の最後の砦だったはずだ。
壊滅的な被害、広がる絶望
異次元生物の侵攻は、瞬く間に久留米市内へと広がり、各地で壊滅的な被害が発生した。
市街地中心部の広場では、住民たちが避難しようとパニック状態に陥っていた。 「早く! 子供たちを地下シェルターへ!」
母親が叫びながら、小さな子供を抱きかかえる。しかし、空からは容赦なく光の雨が降り注ぎ、逃げ惑う人々を襲った。 「やめて…お願いだから…!」 祖母が孫を庇うように身をかがめるが、彼女の目の前で、光線が地面を深くえぐり、土煙が舞い上がった。
「こんなの…勝てるわけがない…」
一人の若い魔術師が、地面に膝をつき、力なく呟いた。彼の顔は煤で汚れ、瞳には生気がなかった。彼らが学んできた四大元素の魔法は、異次元生物の前ではまるで意味をなさなかったのだ。彼らの魔法は、地球の自然エネルギーに基づいていたが、異次元生物の光は、そのエネルギーを根こそぎ奪い去ってしまう。
水の魔術師は、必死に水を操り、光の炎を鎮めようと試みた。しかし、彼女の放つ水流は、光の熱で瞬時に蒸発し、かえって水蒸気が視界を遮るだけだった。 「こんな熱量…私たちの水では、どうにもならないわ…」
風の魔術師は、風の壁を生成し、光線を逸らそうとした。しかし、光線は風の壁を貫通し、建物を破壊していく。 「奴らの光は、風の抵抗すら受け付けない…!」
各地から無線で報告が入る。 「博多地区、壊滅! 防衛ライン、突破されました!」 「北九州も状況は絶望的です! 魔術師団が壊滅状態に…!」 通信は、やがてノイズにまみれて途絶える。人類は、かつての核戦争にも似た、あるいはそれ以上の絶望的な状況に追い込まれていった。
街の崩壊と人々の声
久留米市は、あっという間に炎と光に包まれた。かつて人々が暮らし、魔法の力で築き上げた街並みが、異次元の力によって次々と破壊されていく。
「父さん! 母さん!」
瓦礫の下敷きになった親友を探す少年の声が、煙の中に消えていく。 「なぜだ…なぜこんなことが…!」
魔法学校の教師たちは、生徒たちを避難させようと必死だったが、押し寄せる異次元生物の波に、次々と倒れていく。
「校長先生! このままでは…!」
焦りの声を上げる教師に、校長は力なく首を振った。 「我々には…もう、打つ手がないのか…」
彼の目には、この数世紀にわたって築き上げてきた魔法文明が、今、目の前で崩壊していく光景が映っていた。核戦争の記憶は、伝承として残るのみだったが、今、彼らはその「大いなる災厄」を遥かに凌駕する、未知の恐怖に直面していた。
人々は地下シェルターへと身を隠そうとしたが、異次元生物の光は、地中深くまで貫通し、シェルターの壁を容易く破壊していく。逃げ場は、どこにもなかった。
「もう終わりだ…」
誰かが呟いた。その言葉は、まるで感染症のように広がり、人々の心を蝕んでいく。 希望は、光の熱線によって焼き尽くされ、闇の力によって飲み込まれていくようだった。
今はただ、光と闇の魔法生物たちが、無慈悲に全てを破壊していく中で、人類は絶望の淵に立たされていた。空に開いた次元の亀裂は、まるで地球の傷口のように、禍々しい光と闇を吐き出し続けていた。
しかし、この絶望こそが、後に人類が新たな魔法の可能性を見出し、四大元素を「融合」させるという、奇跡の始まりとなるのだ。今はまだ、その夜明けの兆しは、誰の目にも映っていなかった。
精鋭部隊の結成:絶望の淵から生まれた融合魔法
焼け焦げた久留米の街は、異次元生物の侵攻から数週間が経っても、その傷跡を深く刻んでいた。かつての魔法文明の象徴であった建物群は、光の魔法によって溶解し、黒焦げの骨組みだけが虚しく天を突く。空には相変わらず不吉な次元の亀裂が居座り、時折、その向こうから異質な波動が地上に降り注ぐ。人々は、地下シェルターや辛うじて残った瓦礫の影に身を潜め、飢えと恐怖に苛まれていた。
「もう終わりだ…私たちに、あんなものと戦う術はない…」
薄暗い地下通路で、一人の老婆が乾いた咳をしながらつぶやいた。彼女の言葉は、そこにいる誰もが抱く絶望そのものだった。異次元生物が操る「無限の光」は、地球の四大元素魔法をやすやすと吸収し、無力化してしまう。火は消え、水は蒸発し、風はかき消され、土は溶解する。人類のあらゆる抵抗は、彼らの前では無意味に等しかった。
しかし、そんな絶望の淵にあっても、諦めない者たちがいた。
久留米魔法学校の地下深くに設けられた、臨時の作戦本部。ここでは、生き残った魔法文明の指導者たちと、数少ない精鋭の魔術師たちが、連日連夜、打開策を模索していた。テーブルの上には、異次元生物の行動パターンを記録した膨大な数の図面や、光の魔法の波動を解析しようと試みた魔法陣の書きかけが散乱している。
「あの光の供給源は、奴らの次元そのものにあるようだ。我々の魔力では、根本的な供給を絶つことは不可能だ」
水の魔術師の一人が、疲労困憊の表情で報告した。彼は、異次元生物の光の波動を解析しようと試みていたが、その無限性ゆえに、有効な対抗策を見出せずにいた。
「だが、奴らも生物だ。必ず、どこかに弱点があるはずだ…」
土の魔術師の長老が、重々しい声で言った。彼の言葉は、自分たちを奮い立たせるためのようにも聞こえた。