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その九

 ディアナ様のお茶会から帰っても、わたくしの頭はずっと混乱していた。

 出かけたときの水色のドレスのまま、室内着に着替えもせずにそのまま夕食のテーブルへつく。


 わたくしとユーリアスお義兄様は血が繋がっていない。

 だから法律上結婚できる、か。


 気にしないようにしてもそればかりが頭をめぐる。

 考えないようにしているのは、閉ざしていた心の扉を開けると歯止めが利かなくなると思ったからだ。


 もしその気になってしまったら……?


 駄目だ。

 やはり貴族の婚姻としては難がある。

 バーナント家にメリットを提供できない。


 実家のウォルタナ領が叔父様に奪われて、地位や領地などの価値あるものをすべて失ってしまった。

 そんなわたくしが、引く手あまたのユーリアスお義兄様と結婚しても、バーナント家に何も利益をもたらせない。


 法律上は結婚できる。

 でも貴族としての結婚は家の繁栄を念頭に置くべきで、わたくしたちの場合は決して望ましいものではないのだ。


 わたくしは夕食を食べ終わったあとも席に残って、目の前でお茶を飲むユーリアスお義兄様をぼーっと見ていた。


 法律上は結婚できる……のね。


 彼を見ながら昼間にディアナ様から言われたことを何度も反すうする。


「シャルロッテ? どうしたんだ、ぼんやりして」

「あ、お義兄様! いえ、その、なんでもありませんから!」


 お義兄様を意識しだしたわたくしは、じっと彼の顔を見たり、逆に話しかけられると目をそらしたりして、動揺丸出しだった。


「何か悩みがあるなら言ってごらん」

「え、な、悩みと言いますか……」


「最近少し元気が出てきたと思っていたが、どうも今日のお茶会から何かを悩んでいるようにみえる」

「そ、それは……」


 まったく、あなたのせいですよ。

 ユーリアスお義兄様!


 お義兄様に「わたくしの心を乱すのはあなたです」と訴えたいのをグッとこらえる。

 だってもしそれを言ったら「心を乱すとは何か?」と聞かれるだろう。

 そして「あなたに惹かれているのです」なんて答えたら、きっと後戻りができなくなる。

 彼はいつもの調子で「私も惹かれているよ、シャルロッテ」と返してきて、それで歯止めの効かなくなって抱きしめ合うかもしれない。


 家族で兄妹で、本当は駄目なのに強く抱きしめ合って、そのあと……。


 お義兄様とのやり取りを妄想して、駄目なのに駄目なのにと苦悶していると、さっと美しい顔が目の前に飛び込んできた。

 いつの間にか彼が席を立ってわたくしの横へ来ている。


「シャルロッテ、可愛い君が困っている姿を見たくない。私が力になるよ」


 そう言ってお義兄様がわたくしの肩へ手をかけた。


「あ、ありがとうございます。でも、解決はできないことなのです」


 わたくしは心配するユーリアスお義兄様から離れると、急いで自室へ戻った。

 行儀悪くドレスを着たままで、うつ伏せにベッドへ飛び込む。


「そう……解決はできないことなのです」


 うつ伏せでベッドに寝ころんだまま、寝具に顔をうずめてつぶやいた。

 何も提供できない自分など、ユーリアスお義兄様にふさわしいはずがない。

 せめてお母様と再婚してくれたバーナント卿に報いるため、バーナント家に利益のある縁談を決めるべき。


 それに屋敷を追い出されるときにあざ笑った、あの令嬢の顔をいまでも夢に見るのだ。

 サンドラ・ウォルタナ様。

 あの令嬢を乗り超えない限り心の傷は完全に癒えず、そんな不安定な状態でユーリアスお義兄様と向き合うなんて、不器用なわたくしにはできない。


 自身が思っている以上に心は傷ついているのだと気づく。

 お兄様を想って願望と理性の衝突に悩みながら、いつの間にか眠りに落ちた。


 次の日。

 夕食後にユーリアスお義兄様がわたくしの私室を訪れた。

 彼が来てくれたのが嬉しくて自然と声が弾む。


「お義兄様、どうされたんですか?」

「ちょっと渡したいものがあってね」


 彼がジャケットの内側から小さな箱を取り出す。


 家族のいる夕食のときではなく、わざわざ部屋へ来て渡したいものって何かしら?


 お義兄様が小箱を開くと、中で金の鎖に透明な石がついたペンダントが光っていた。


「このペンダントをわたくしに?」

「特殊な魔鉱石を使ったものだ。魔力を通すとしばらく光り続ける。通す魔力を増やせば輝きの強さが増す」


 なんと、騎士団の仕事を終えてから街へでてプレゼントを買ってくれたらしい。


「ありがとうございます! お義兄様」

「さあ、魔力を通してごらん」


 早速魔力を少し通してみる。

 するとペンダントは薄紫色に光り輝いて、辺りを神秘的な色で染めた。


「魔鉱石は持ち主の瞳の色に輝く。だから紫色に光るんだ。ペンダントの鎖はシャルロッテの髪色と同じ金にした」

「嬉しい。わたくしの瞳と髪の色だなんて」


「防犯にもなる。何か危険があったら、魔力をたくさん通してペンダントを強く光らすといい。目立つから異変に気づける」

「外に出るときは必ず身に着けるようにします」


 今度はユーリアスお義兄様が腕に着けたブレスレットを見せてくれる。

 彼の髪と同じ銀色の綺麗なブレスレットだ。


「そしてほら、私の方にもついている」


 ブレスレットに嵌め込まれた魔鉱石にお義兄様が魔力を通すと、魔鉱石の部分が彼の瞳と同じ水色に光り輝いた。


「嬉しいです。お揃いで魔鉱石のアクセサリーを身に着けられるなんて! 幸せですっ」


 お父様を失い、ウォルタナを追い出されて失意のどん底だったわたくしの心は、ユーリアスお義兄様の優しさで少しずつ癒される。

 向けられる愛情に引き寄せられてしまう。

 自制せねばと思うほど、高まる気持ちを抑えることができずにお義兄様へ惹かれていく。


 兄妹だからと、バーナント家へ提供できるメリットがないからと、固く心の扉を閉じたはずだった。

 なのにその扉が、彼によって開かれていくのを感じていた。



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