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その八

「ふふ。あなたの分もありますよ」


 男の子は最初遠慮していたけど、大丈夫だからと促すと女の子と並んで座ってお菓子を食べ始めた。

 男の子と女の子は、お互いの言葉が分からないとは思えないくらい楽しそうだ。

 様子を見ていたユーリアスお義兄様が微笑む。


「まるで私とシャルロッテが出会ったころのようです。フォルタナ様、実は私と妹は幼いころに王都で迷子になったのですよ」


 お義兄様が昔のわたくしたちの話を語りはじめた。

 わたくしは過去にお義兄様と会ったことを覚えていないので、興味津々で耳を傾ける。


 新しいお父様の亡くなられた前の奥様は、お母様のお姉様だった。

 それでバーナント家とは親戚関係だったのだけど、以前にお母様がお姉様と会うため、幼いわたくしを連れてバーナント家へ立ち寄ったことがあったらしい。

 残念ながらお父様は仕事でウォルタナ領を離れることができず、お母様とわたくしだけでの訪問だったという。


 当時、四才のわたくしと七才のユーリアスお義兄様は、子供同士なのもあってすぐに仲良くなったそうだ。

 しばらく庭で遊んでいたが、ふたりでこっそり街へ出ていって勝手に迷子になったとか。

 お義兄様が苦笑いする。


「夜になって見つけてもらえたが、両親たちを酷く心配させてね。だから、家に戻ると私がひどく怒られたよ」

「お義兄様だけですか? わたくしもご迷惑をかけたのですよね」


「怒られたのは私だけだ。シャルロッテはまだ四才だったからね。でもそれよりも、父上は私の不甲斐なさについて叱責した」

「不甲斐なさというのは、迷子になったことですよね?」


 ユーリアスお義兄様は首を横へ振る。


「違う。説教を受けたとき、私はおびえて縮こまったうえ、三才も年下の女の子に心配されて、かばってもらったんだ。それを不甲斐ないと父上に叱責された」


 黙って聞いていたディアナ様が首をかしげる。


「あの、三才も年下の女の子ってシャルロッテ様ですよね? 四才なのに七才のユーリアス様をかばったんですか?」


 彼女が質問すると、お義兄様は苦笑いして鼻の頭をかく。


「親戚の幼いひとり娘を危険にさらしたので、父上がもの凄い剣幕で激怒してね。私はそれがあまりに恐ろしくて、身をかがめておびえた。でもそのときなんと……シャルロッテが私をかばってくれたんだ!」


「わ、わたくしがですか?」

「たった四才の幼いシャルロッテが、七才の私の前に立って両手を広げたんだ。悪いのは街を見たいと言った自分なんだってね。そして後ろにいる私を見て、大丈夫だからと元気づけてくれたよ」


「うーん。言われてみれば、何となくそんなことがあったような……」

「シャルロッテ様、凄いです!」


「本当は私が得意げに街を見せてやると言ったんだ。シャルロッテはただあとをついてきただけ。なのに君は、全部自分のせいだと言って私を助けようとしたんだ。まだ幼い四才の女の子がだよ?」


 お義兄様はバーナント卿に怒られた苦い思い出を本当に嬉しそうに話すと、優しくわたくしの目を見つめる。


「そのとき私には、シャルロッテが天使に見えた」


 わたくしを見つめながら話すその表情からは、憂いとともに熱い感情が伝わってきた。

 想いを黙って受け止めていると、なおもお義兄様が続ける。


「だから、また逢えたら今度は必ず私が守ってあげたいと、ずっと願っていたんだよ」


 お義兄様の告白には少なからず衝撃を受けた。

 言葉自体は、単に昔の思い出を踏まえたこれからのお義兄様の希望だ。

 しかしわたくしの心に伝わったのは、想い人への告白のような熱だった。

 そのあと少し昔話をしたユーリアスお義兄様は、またあとで迎えに来るからと告げて去って行った。


 そう言われると長いお説教があったかもしれません。

 そしてお説教が終わってから、お義兄様へ向かってさらに何かを言ったような気がするのですよね。


 少しよみがえった子供のころの記憶は断片的で、夢のようにぼんやりしたもの。

 そしてとても暖かく感じた。

 馬車に戻るお義兄様を見送っていると、何やら視線を感じる。

 振り返るとディアナ様が頬を染め、恋する乙女のようにわたくしを見つめていた。


「ディアナ様? あの、どうされたのですか?」

「シャルロッテ様が羨ましいです。あんな素敵なお義兄様に愛されているのですから……」


「ええ、兄妹としてとても優しくしてくれます」

「兄妹? 違いますよ。あの視線、あの口調は、明らかにシャルロッテ様を異性として好いていますって」


「え? そ、そうでしょうか」

「絶対そうです!」


 正直、ユーリアスお義兄様の普段の言動は、兄妹以上の強い好意を感じるときがある。

 そしてわたくしがお義兄様に惹かれているのも事実。

 このまま何も考えずに関係を深めれば、想いが通い合うかもしれない。

 でもそれは、わたくしの中であり得ないこと。


 だって、家族同士で恋愛して恋人になるなんて異常なことだし、その先の発展なんてないのだから。


「まあ、確かにお義兄様はとても素敵だと思います。身内のひいき目を差し引いても格好いいですし……」

「きゃあ! ならもう邪魔なんてできません! 残念ですけど私は諦めます。ぜひ、おふたりを応援させていただきたいですから!」


 ディアナ様が興奮して宣言した。


 応援って……。

 ディアナ様はわたくしたちが兄妹なのを忘れているようですね。


「わたくしは現実主義者です。いくらお義兄様が素敵でも、結婚の未来がない相手に好きも嫌いもありませんから」

「結婚の未来がない相手って、ユーリアス様がですか?」

「だって兄妹は結婚できませんもの」


 わたくしがたんたんと答えると、ディアナ様がニンマリとする。


「実はですね、シャルロッテ様。いまお菓子を食べているこの男の子と女の子。兄妹ですけど、法律上は結婚できるんですよ」

「まさか。兄妹は結婚できませんよ。そもそもこの子たちは言葉も雰囲気も違います。本当に兄妹なのですか?」


 男の子は我が国で一般的な色白の肌に金髪。

 女の子は小麦色の肌に艶のある黒髪だ。

 見た目からして似ていないし、言葉も違うのでとても一緒に育った兄妹と思えない。


「親の再婚で最近兄妹になったそうです。ふたりは連れ子同士なんですよ。連れ子同士は血の繋がりがないので、この国では結婚できるんです」

「そうですか。連れ子同士は血の繋がりがないので、法律上は結婚できるのですか……」


 ……ん?

 えっとそれってつまり……ええっ⁉


 とんでもないことに気づいてしまった。

 驚きで目を見開くとディアナ様がニンマリする。


「だから私、シャルロッテ様とユーリアス様の恋を全力で応援しますね!」


 ディアナ様は自分のことよりもわたくしを優先すると言いだすと、両手にこぶしを握って力んで見せた。



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