その七
ディアナ様とのお茶会の日。
仲の良い友人が引き立つようにと、ドレスの色を華やかさの抑えた水色にする。
なぜならユーリアスお義兄様も連れて行くから。
女子同士のお茶会なので一緒に歓談はできないけど、エスコートで来てもらって最初だけ居てもらうことはできる。
もちろん、大好きなディアナ様を喜ばせてあげたいのだ。
「さあ、馬車へどうぞ、シャルロッテ」
「ありがとう、お義兄様」
彼の手を取って馬車に乗り込む。
ユーリアスお義兄様はプライベートなので目立つ騎士の服ではなく、ワインレッドの差し色が入った漆黒のスーツに身を包んでいる。
控えめに言ってカッコよすぎ。
貴族らしい装飾過多な高級感ではなく、ブラックチョコレートの様にダークでシックな感じがいい。
差し出された手を取って何食わぬ顔でお礼を言って馬車に乗り込んだけど、あまりのシルエットの良さに思わずため息が出てしまう。
騎士なので鍛錬はしていると思う。
だけど、背が高く細身でスタイルがいい。
名家に育ち、騎士の勤めを果たすユーリアスお義兄様は、身のこなしもスマートで洗練されていて。
自慢の兄だけど、関係が近すぎて逆に困る。
恋愛に発展させることのできない兄妹という間柄だから。
ディアナ様の屋敷を訪れると、オレンジ色のドレスを着た彼女が庭で待っていてくれた。
お茶会の準備がされた庭のあずま屋へ案内してくれる。
「ごきげんよう、シャルロッテ様。お義兄様もようこそおいでくださいました」
「ごきげんよう、ディアナ様」
「フォルタナ様、妹をよろしくお願いします。では私はこれで」
ユーリアスお義兄様が丁寧に挨拶して帰ろうとするので、急いで引き留める。
これで帰ってしまっては、ディアナ様をガッカリさせてしまう。
今日は大好きなディアナ様にお義兄様と仲良くなってもらおうと目論んでいる。
彼女ならユーリアスお義兄様のお相手としてわたくしも受け入れられるから。
「お義兄様、お時間がありましたら、わたくしたちの話を少しだけ聞かれませんか?」
「私がいては、女性同士の会話の邪魔になるでしょう」
「邪魔なんてことありませんから。せっかくなので、わたくしたちの故郷であるウォルタナについてお話したいですし」
続いてディアナ様も明るく引き留める。
「私もユーリアス様とご一緒したいです! シャルロッテ様ったら、幼いころも凄く素敵だったのですよ」
それを聞いたお義兄様は興味が湧いたのか、こちらへ向き直った。
「では少しだけ、ご一緒させてください」
うふふ、これでディアナ様の魅力を伝えられそう。
わたくしがホッとしたときだった。
整備された緑の生垣から、ガサガサと音が聞こえて茶色い何かが飛び出してきた。
ぬいぐるみのようにもふもふした子犬だ。
首輪をつけた元気いっぱいの茶色い子犬が、楽しそうにワンワンと鳴いて目の前を通り過ぎる。
あっけに取られていると、さらに緑の生垣から赤い何かが飛び出した。
色に一瞬驚いたけど、正体は赤い服を着た女の子。
あとを追うように、青い服の男の子も緑の生垣から飛び出てきた。
女の子は幼くて、男の子はそれより年上だ。
誰かしらとディアナ様の顔を見て問うと、彼女は笑顔でうなずく。
「可愛らしいでしょう? お隣のお子様なんです。最近こうして子犬と一緒に我が家の庭に紛れ込んでくるんですよ」
「本当に可愛らしいですね!」
男の子は優しい顔立ちで色が白くて我が国では一般的な雰囲気だけど、幼い女の子は艶のある黒髪で肌が小麦色だ。
女の子が子犬に追いついて抱きかかえると、もふもふした毛に顔をうずめた。
それを見てホッとした様子の男の子が、子犬の首輪にリードを結びながら女の子に声をかける。
「だからリードを外しちゃ駄目っていったのに」
女の子はそんな注意を気にした様子もなく、子犬を抱えてこちらに来るとわたくしへ何かを必死に訴え始めた。
でもこの国の言葉ではない。
ディアナ様が頬に手を当てる。
「女の子は隣国のヘルメアから来たみたいで、言葉が分からないのです」
あとを追ってきた男の子も言葉が分からないようで、困ってしまっている。
確かにヘルメアの言葉ね。
貿易交渉でさんざん通訳したものだわ。
女の子の前にかがんで、通訳魔法を発動させた。
ピンク色の魔力の輝きが、わたくしを中心にふわりと広がっていく。
この通訳魔法は、発動したときに広がるこのピンクの魔力の輝きが漂っている間だけ、外国の言葉を理解して話すことができる。
ピンクの魔力を放出するとそれだけ魔力が減って疲れるので、必要なときしか使えないのが欠点だ。
通訳魔法の効果は無事女の子の言葉にも作用した。
『お腹が空いたの! のどが渇いたの!』
『あらそうなのですね。では何かお願いしてみましょう』
ディアナ様に女の子の様子を伝えると、メイドにミルクとお菓子を頼んでくれた。
女の子は言葉が通じて安心したのかニコニコと微笑む。
そして子犬のリードをわたくしに渡すと、可愛らしく椅子に座って渡されたお菓子を美味しそうに頬張った。
『いいなあ、美味しそう! 食べたい食べたい、私にもちょうだい!』
いきなり甘ったるい声が耳に飛び込んだ。
その声はわたくしが持つリードの先のもふもふした子犬から聞こえた気がする。
まさか、ね。
子犬がしゃべる訳ないので、きっとそばにいる男の子が言ったのだろう。