その四十九
叔父様とサンドラ様は留置所に入れられた。
叔父様は何も知らかったとはいえ、辺境伯としての責任をまったく果たしていなかった。
そのうえ、白紙のサインを利用されて殺人事件の誘発や多数の国益を損なったとして、短期投獄される見込みだそうだ。
一方のサンドラ様は権限のある叔父様を騙してサインを悪用。
賊に殺人と人身売買をさせた首謀者として極めて罪は重い。
しかも動機が騎士ユーリアスとの婚約を目論んでだった。
情状酌量の余地などなく、貴族家出身であることを勘案しても終身刑は避けられないとのこと。
ふたりの処分は一瞬で貴族界を駆け巡り、事情を知りたい貴族から手紙や会食の誘いが押し寄せた。
それとは別に、今日登城して国王陛下から受けた話を夕食の席で家族に伝える。
「わたくしは国王陛下に領主代行を任じられました」
一緒に登城してくださったお父様が後を続ける。
「奪爵されたウォルタナ辺境伯の爵位は一年間の凍結となった」
これらの措置は、わたくしが十八才になり成人するまで爵位を叙爵できないからで、実質の辺境伯指名と同じだ。
「なので、急いでウォルタナ領へ戻らねばならなりません」
ウォルタナに戻れることは嬉しい。
でもそれ以上に家族と別れることが悲しい。
新しいお父様やお義兄様たちはもちろん、お母様とも離れ離れになるのだから。
どうしても笑顔になれなくて下を向くと、スチュアートお義兄様が祝福してくださる。
「貿易交渉での働きをブランターク侯爵が国王陛下へ伝えてくれたのだな」
家族の暖かさが嬉しくて。
感謝で胸がいっぱいになって、ついぼろぼろと泣いてみんなを困らせてしまった。
優しく励まされて部屋へ戻る。
ひとりになるのが寂しくて、そっと胸元のペンダントに触れる。
魔鉱石に軽く魔力を送ると、ほんのり薄紫色に輝いた。
このペンダントには……いいえ、お義兄様には助けていただいてばかり。
お義兄様とふたりでウォルタナへ行けたらどんなに幸せでしょう。
幸いにも領主代理という立場を得て、将来の辺境伯まで約束された。
失ったウォルタナの領地も辺境伯の人脈も取り戻すことができたのだ。
これでお義兄様と結婚しても、見合うだけのものをバーナント家に提供できる。
でもわたくしの都合でユーリアスお義兄様に騎士団を退団してもらうなんて、それは身勝手すぎ。
ここからウォルタナ領はあまりに遠い。
騎士団の職場は王城なので、王都以外に住んでは仕事を続けられない。
お義兄様がわたくしと一緒になるには、騎士団を退団しなくてはならない訳で。
ウォルタナを取り戻せたのです。
このうえユーリアスお義兄様まで望んではバチが当たってしまう。
人生とは上手くいかないものです。
目をつむってしんみりしていると、なんとお義兄様がわたくしの部屋を訪れてくれた。
「シャルロッテ、大事な話がある」
「どうぞ、さあ中へ」
なんだろうと招き入れると、お義兄様がいきなりわたくしの前でひざまずいた。
そして胸元から小箱を取り出して開けて見せる。
中には青紫の宝石がついた指輪。
普通の青いサファイアではなく珍しい青紫色だ。
それはちょうどわたくしの瞳の紫色とお義兄様の瞳の水色が合わさったような青紫色で、本当に美しいサファイアだった。
「シャルロッテ、私と婚約して欲しい」
飛び跳ねるくらい驚いた。
なぜなら、わたくしが王命を受けてウォルタナへ戻ることは伝えていたからで。
それでも求婚してくださったから。
「で、でも、騎士団はよろしいのですか?」
「かまわない。ずっと王族の護衛だけが国家へ貢献ではないと考えていた」
それは彼が騎士団を退団して、遠いウォルタナへ一緒に来てくださるということ。
お父様の命は失われてすべてが元通りではないけれど。
でももう愛する人の求婚を断る理由なんてありはしない。
求婚への返事をしようとしたけど感動で声が出ない。
コクコクと先にうなずいてからやっと答える。
「う、う、嬉しいです。ディアナ様から、血の繋がりがない兄妹は法律上結婚できると聞いて、わたくしはずっとお義兄様との結婚を夢見ておりました」
ユーリアスお義兄様は立ち上がると、わたくしの手を取って指輪を嵌めてくださる。
「いままで家に利益がないからと避けられていたが、やっと了承をもらえたな」
「……だってお義兄様はとても素敵で、わたくしでは釣り合わないと思っていましたから」
「釣り合わない? こんなに愛らしく、聡明で素敵な女性を私は知らない」
「違うのです。貴族なら家の繁栄を考えるべきですけど、わたくしには何もありませんでしたので」
「家族の誰も私たちの仲を反対する者はいなかった。シャルロッテは魅力的だ。だから、それだけで十分なんだよ」
容姿端麗なお義兄様にこう言われて、正気を保てる人など少ないと思う。
わたくしは頬が緩みそうになるのを必死に耐える。
「お義兄様は私の理想の人です。つらいときにわたくしの心を優しさで包んでくれました。奴隷として売られる寸前で助けてくださいました。そして、お父様の無念を晴らすのに力を貸してくださいました。わたくしにはお義兄様以外の人は考えられません」
「愛する人を守るのは当然だから」
「ユーリアスお義兄様……」
ふたりで並んで横長のソファに座ると、彼がじっとわたくしを見つめる。
「婚約するのだから、これからは『お義兄様』をつけずに名前だけで呼んで欲しい」
「名前だけで、ですか? ユーリアス様……?」
「様もなしだ。夫婦になるのだからユーリアスと」
「様もなし……。えっと、その、ユーリアス……。うふふ、何だか恥ずかしいです」
わたくしが名前を呼んで照れると、ソファへ置いた手に彼が手を重ねる。
「シャルロッテ、君を愛している。結婚しよう」
わたくしは彼の手を両手で握り返すと、愛情をこめて呼び捨てする。
「ユーリアス、わたくしもあなたを愛しています。慎んでお受けします」
う、嬉しいけど……恥ずかしい!
必死に目を逸らさずに答えると、彼が強く抱きしめてくれた。
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