その四十六
サンドラ様が慌てる。
「お、お父様はずっと王都にいてそんなことできません。で、す、わ、よ、ね、お父様!」
「う、うん。ぼ、僕は領主になってウォルタナへ行ったけどすぐ王都へ戻った。それきりウォルタナへは行ってないので知らない」
「お父様は王都にいました。多くの証人がいますわ」
「そうだ! ぼ、僕はたくさん証人を呼べるぞ! それに比べて君の証人はひとりじゃないか!」
王都にいたと反論したが、指示は王都から出せる。
身の潔白を証明するものとは言えない。
対してユーリアスお義兄様の主張は、自ら出向いた隣国のブランターク侯爵を証人として、窮状を訴えているのである。
だがさらに、謁見の間の扉を開けたスチュアートお義兄様がこちらの証人を追加する。
手足を縛られ、目隠しと耳栓、口布をされた大男が台車に乗せられて連れてこられた。
わざと大男の正面が叔父様になるように台車を横向きにしている。
この大男が叔父様を見て、狙い通りの反応をしてくれればいいのですけど……。
わたくしが祈るような気持ちで見守るなか、スチュアートお義兄様が説明する。
「王子殿下、お目汚しをご容赦ください。この男がウォルタナ卿の指図を受けて人さらいをしていた、賊のリーダーです」
紹介を終えたスチュアートお義兄様が大男の目隠しと耳栓と口布を外した。
大男は視界が戻ってきょろきょろと見回すと、サンドラ様を見つけて喜びだす。
「お、お嬢様! お嬢様がいるじゃねぇか! やった、逆転だぜ! おいお前ら、俺の後ろ盾はそこにいるお嬢様の父親だ! 聞いて驚け、後ろ盾は領主様だ! ざまあみろ!」
わたくしとディアナ様をさらった大男が嬉しそうに叫んだ。
スチュアートお義兄様が再び大男に口布だけをする。
すると大男は冷静になったのか、辺りをきょろきょろ見回していたが、次の瞬間ぎょっとして目を見開いた。
玉座のガビン王子に気づいたようだ。
スチュアートお義兄様が説明を続ける。
「この通り、ウォルタナ卿が人さらいの首謀者であることは明白です。王子殿下。領主職がいまのままだと、貿易だけでなく国内の治安が悪化します」
大男からの決定的な証言に、叔父様とサンドラ様が慌てる。
「だ、誰だよそいつ! ぼ、僕はそんな男知らない!」
「と、捕らえた賊など証人になりません! 命を助けると持ちかけられて、嘘を言わされているに違いありませんわ」
ガビン王子は困った様子で叔父様を問いただす。
「ウォルタナ辺境伯。そなたは王都にいて何も知らなかったと主張するのか?」
「そ、そうです。でも、じゃあ誰が悪事を……。あ、そうだ! 代官が勝手にやったのかもしれません!」
叔父様はウォルタナで起こった人さらい事件を代官のせいにしだした。
やはり知らないで通そうとしますね。
……でも凄い演技力だわ。
まるで本当に知らないみたい。
叔父様にこんな演技の才能があるなんて。
ガビン王子が額に手を当て目をつむる。
「人さらいの事件が起こったのは確かのようだが。しかし、ウォルタナ辺境伯は知らないと言っているし。くそ! 辺境伯に推したのは私だぞ。困った……どうするか……」
ガビン王子は少し考えると、妙案を思いついたとばかりに顔を上げる。
「うむそうだな。主張が対立している場合は裁判によるべきだろう」
裁判はまずい。
これは困った展開になった。
裁判だと決定的な証拠がない限り貴族を有罪にはできない。
知らぬ存ぜぬで通されたら逃げられてしまう。
ガビン王子はそれが分かっていて、わざと裁判にゆだねるつもりだ。
「王族である私がすべきは領地の管理不行き届きを追求するまで。ウォルタナ辺境伯よ、失政の賞罰は追って連絡する」
「は、はい。ぼ、僕が不在にしたせいで領地が管理できていませんでした。すぐに領地へ行ってなんとかします」
「このままでは辺境伯への叙爵を上申した私の責任になる。いいか、しっかりやれよ」
恐縮する叔父様の横でサンドラ様が頬を緩ませるのが見えた。
まさか王子殿下がここまで叔父様寄りでしたなんて……。
叔父様の叙爵は最終的にグランデ国王が決定している。
だから国王陛下さえ説得できれば何とかなると思っていた。
けれどガビン王子は完全に予想外。
上申の責任をうやむやにするために叔父様をかばうなんて。
もう決定的な証拠を出して、知らないという叔父様の主張を完全に崩すしかない。
そうでなければ、ガビン王子は自身に責任が及ぶ判断などしないだろう。
だからといって裁判は駄目。
有罪にでもならない限りガビン王子は叔父様をかばう。
それでは叔父様から辺境伯位を取り上げることはできないだろう。
わたくしはユーリアスお義兄様をみつめる。
裁判で使うよりは、ここで切り札を使った方がいいと思ったから。
お義兄様がうなずいたので、ハンドバックから汚れた封筒を取り出す。
「王子殿下。こちらが証拠です」
ガビン王子は封筒の汚れを気にして拒否しようとしたが、事務官が中の手紙を出して殿下に渡してくれる。
嫌々で手紙を読み始めたガビン王子だが、顔が徐々に険しくなっていく。
「なに? 殺害だと? 手紙には事故に見せかけてウォルタナ卿を殺すように指示が書かれているが……」
「叔父様は……いえその男は、半年前に前ウォルタナ領主の殺害を計画し、賊を使って殺人を実行した犯罪者なのです!」
わたくしの告白に謁見の間が騒然とする。
この切り札のことは仲間内には話していた。
しかし、ガビン王子や横の事務官、叔父様やサンドラ様は、半年前の話が出てくるなど思ってもいなかったようで驚きの声をあげた。
「お父様は馬車の事故で亡くなったのではありません。その指示書に書かれていますように、実の弟が領主の座欲しさに兄を殺害したのです」
ガビン王子が手紙を持って震えている。
「こ、このような証拠が……。もう裁判にゆだねよう。それしかない」
抜け道がないと考えたのか、殿下はこの場で意見するのを放棄して裁判を主張する。
そのときだった。
玉座の斜め後ろの扉が開いて男性が登場したのだ。
「なんと、早めに来たのにすでにみなが揃っているではないか」
夜会で遠目に見たのと同じ人物。
派手ではないが、立派な衣装の男性が国王陛下の椅子に近づく。
一瞬で場の空気を変えたその姿は、統べる者の威厳を強く感じさせた。
「ガビンよ。……お主がなぜ余の席に座っておる」
年配の男性に低い声で尋ねられて、ガビン王子が急いで立ち上がり席から離れる。
「す、すみません、父上」
「またお前は勝手をしておるな。それで、これは一体どういう状況なんだ?」
年配の男性が立ったままガビン王子を問いただすが、彼は言いよどんで返事をしない。
見かねた事務官がそっと耳打ちする。
これまでのことを丁寧に伝えているようで、男性が複数回頷いた。
「分かった。みなの者、余が国王のグランデである」




