その四十四
通訳魔法の発動で辺りにピンク色の輝きが広がった。
「な、な、何が起こったんだろ⁉」
叔父様が魔法の輝きにおびえて騒ぎ出したので「通訳魔法です」と目も合わせずに伝える。
ブランターク侯爵がわたくしの反応に失笑した。
『えー、ウォルタナ卿でよろしかったですか? 何回も会談を断られましたが、ようやくお会いできましたね。さて、何を立腹されているのです?』
わたくしが通訳したら、叔父様がようやくさっきの輝きを魔法だと理解したようだ。
「ぼ、貿易を取り仕切るのは僕だ。なんで事前に連絡もせず、勝手に陛下へ謁見を申し出るんだ!」
『それは失礼しました。実は大変な困りごとがありましてね。ぜひとも国王陛下にご相談させていただきたいと思ったのです』
「そ、その相談を先に領主の僕へしてと言ってんでしょ。ぼ、僕を馬鹿にしてんの?」
『いえいえ。私は国王陛下にもウォルタナ卿にもお会いしたことがありません。どちらにもお会いしたことがないなら、話が通じる人に相談したいですから』
「……な、な、な、なんだって!」
ブランターク侯爵の挑発に、かろうじて貴族らしく話していた叔父様の態度が崩れる。
顔を真っ赤にして、ただ通訳しているだけのわたくしまで睨んできた。
フフ。
舌戦でこの人に勝てる訳ありませんのに。
久しぶりに侯爵の舌戦が聞けて嬉しくなる。
穏やかに親しみやすく攻撃してくるのが彼の討議スタイル。
貿易交渉ではこの斜め上から刺される感覚に辟易としたものだ。
その侯爵が今日は味方なのだから、これ以上に頼もしいことはない。
不意にディアナ様がわたくしに顔を寄せると、口元を扇子で隠す。
「彼って頼りになりますし……凄く素敵ですよね」
「そ、そうですね」
確かに頼りになるとは思ったけど、それだけではない彼女の熱い想いが伝わってくる。
扇子の上からのぞくディアナ様の瞳が、好きな人を見つめるそれだからだ。
好きな人への熱い眼差し。
わたくしがお義兄様を見るときも、同じ目をしているのですよね……。
恋する友人に自分が重なり、なんだか急に恥ずかしくなってしまった。
そうこうしていると、わたくしたちが入室した扉とは違う正面の扉から男性が登場する。
王国主催の夜会で挨拶したのとは違う人物。
派手で立派な衣装の男性が国王陛下の椅子に座る。
国王陛下ではない。
陛下の面影がある男性は若くて、ユーリアスお義兄様と同じ二十才ぐらい。
国王陛下へ挨拶したとき、確か国王陛下の横に立っていた。
みんなが一斉に姿勢を低くする。
「私はグランデ国王の息子、ガビン・グランデである。国王グランデは所用のため本件は私が対応する」
第二王子のガビン・グランデ。
サンドラ様にそそのかされて、叔父様の叙爵を国王陛下に上申した王子だ。
「ブランターク侯爵、ヘルメア公国からよくぞ参られた」
いよいよ謁見が始まる。
国王陛下ではなく第二王子が出てくるなんて。
これだと、問題を訴えても握りつぶされるかもしれません。
辺境伯に推した叔父様が悪事を働いているなんて告白、王子にとっては不都合しかないのですから。
わたくしは姿勢を低くして礼をしながら、不敬な感情を隠す。
ガビン王子が集まった貴族の面々を見回した。
「みな、姿勢を楽にして欲しい」
「ガビン王子、バーナントです。今日は隣国の侯爵、ブランターク卿が謁見を希望されましたのでお連れしました」
お父様の発言に合わせてわたくしが侯爵の横に立つ。
「王子殿下。バーナントの娘、シャルロッテが通訳させていただきます」
断りを入れてから、再度通訳魔法を発動して同時通訳を開始する。
『ガビン王子殿下、お初にお目にかかります。ヘルメア公国ブランターク領の領主、ブランタークです』
「よくぞ参られた」
ガビン王子に続いてそばに控えた事務官が声をあげる。
「本日は我が国との貿易窓口、ヘルメア公国のブランターク侯爵が参られている。ウォルタナ卿とともに貿易の現状をご説明いただきたい」
事務官が言い終えるや叔父様が食い気味で口を開く。
「お、王子殿下。あとで僕の娘サンドラの婚約もご報告させていただきたいです」
叔父様の申し入れに合わせてサンドラ様が淑女の礼をとる。
「殿下、サンドラ・ウォルタナでございます」
「分かった。のちほど聞こう」
ガビン王子の許しが出るやサンドラ様が叔父様を小突いた。
それに叔父様が慌てると、お父様に文句を言い始める。
「バ、バーナント卿、サンドラとの婚約期限が一週間も過ぎてる! き、君は大領地の領主である、ぼ、僕を侮辱するのか!」
場を選ばない叔父様の言動にお父様が面食らっている。
それを、さも芝居がかった様子でサンドラ様がなだめ始めた。
「まあまあ、お父様。今日、王子殿下に婚約をご報告できるのです。一週間くらいは大目に見てあげましょうよ」
この父娘は第二王子の御前でよくやる。
謁見の最後に壁際で警護中のユーリアスお義兄様を呼んで、サンドラ様との婚約報告をするつもりなのだろう。
そうやって結婚を避けられない状況にしようなど、良くも悪くも貴族らしいと思う。
残念ですけど、その流れにはさせませんから。
茶番を終わらせるため、わたくしが発言する。
「現在、侯爵は我がバーナント家に滞在されています」
「そうか。ヘルメア公国との友好促進に協力してくれて感謝する。しかし、なぜ貿易窓口の領主であるウォルタナ卿の屋敷に滞在しないのか? ウォルタナ卿も王都の屋敷にいるのだろう?」
ガビン王子が叔父様を見たが、彼はバツが悪そうにするだけで口を開かない。
いや開けないのだ。
辺境伯としてウォルタナの領主に就いて半年。
なのに今日が初顔合わせらしい。
それまでブランターク侯爵が再三の会談申し入れをしたらしいが、叔父様は多忙を理由にすべて断ったようなのだ。
そんな状況で叔父様の屋敷へ泊る訳がない。
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