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その四十二

 貴族令嬢として、妹として、自分から求めるなんてありえないと分かっている。

 でも、熱い気持ちを抑えることができなかった。

 好きな人を前にして後悔したくはなかった。

 キスをせがむチャンスはいましかなかったから。


 目をつむっていると、お義兄様がわたくしの頬へ手を当てたのが分かった。


「シャルロッテ、愛している」


 彼は一番欲しい言葉をくれてから、優しくキスをしてくれた。

 それは背の高いお義兄様ゆえの少し上からのキスで、ゆっくりと長くて素敵なキスだった。

 幸せで満たされてとろけそうで。


 夢心地のまま、キスを終えたお義兄様の顔を見つめる。

 お互いの気持ちを再確認して、やはり相愛なのだと実感できた。


「でもこれで……最後なのですね」


 切なくなって目を伏せると、彼は慰めるように肩へ手をかけてくれる。


「謁見は上手くいく。ウォルタナ卿の悪事のことも、サンドラ様との婚約のことも」


 陛下へ叔父様の悪事を告げる。

 人さらいにあって自分が売られかけた事件を訴えて、さらにはお父様の殺害も追及するつもりだ。


 狙いは叔父様を失脚させて、ウォルタナの現状を改善すること。

 そしてサンドラ様が要求しているお義兄様との婚約を回避させたい。


 でも、叔父様を辺境伯にしたのは国王陛下だ。

 いくらサンドラ様にそそのかされたガビン第二王子が口利きしたとはいえ、叔父様の叙爵は国王陛下が自ら決定した。


 人は誰しも判断の誤りを認められずに自分を正当化しようとするもの。

 当然陛下は叔父様寄りの発言をするだろう。

 完全に犯罪を立証できなければ、叔父様がすべてを知らぬ存ぜぬで通した場合に、陛下が叔父様の主張を認めてしまう恐れがある。


 家族にも相談せずにいた不安を口にする。


「犯罪の立証で不安なのは、お父様を殺害した実行犯が不明なことです」

「人さらいの実行犯を捕まえたが、あの大男が半年前の殺人犯だという証拠はないな」

「やはり、殺害指示書を持っていただけではだめですか?」


「ああ。自白は得られていない。指示書があるだけでは、殺人の実行を証明したことにはならない」


 指示書はあるが殺人は実行されず、事故で亡くなった可能性もあると言われるかもしれない。

 さすがにお馬の目撃証言なんて駄目だろう。


 そして人さらい事件だけを立証できても、領主不在の間に起った部下の暴走だと叔父様に主張されるのが容易に想像できる。

 何せ叔父様本人はずっと王都にいて、ウォルタナにいなかったのだから。


 最悪は人さらい事件を単なる野盗の犯行とされること。

 叔父様は不在時の管理責任を問われるだけで、軽い処分に終わる可能性すらある。

 そうならないよう侯爵の力を借りて外交問題を匂わせ、陛下が叔父様を庇護しきれないようにするしかない。


「眼鏡がないとわたくしは自信が持てなくて」

「シャルロッテならきっと大丈夫。私もみんなも君を支えるから」


 救いは叔父様が論理的思考を苦手としていること。

 不安を隠す伊達眼鏡は壊されてもうない。

 新しく作る時間もない。

 でも叔父様のディベート力なら眼鏡がないわたくしでもなんとかなるかもしれない。

 今回の件で、初めて頼りない叔父様でよかったと思えた。


 わたくしはふうと息を吐くとお義兄様をじっと見つめる。

 彼にもう一度抱擁をねだって、不安な気持ちを愛する人のぬくもりで紛らわせた。

 とうとう、グランデ国王陛下に謁見する当日となった。


 謁見の表向きの理由は、ヘルメア公国のブランターク侯爵から国王陛下への挨拶と、貿易状況の紹介である。

 謁見者が隣国の貿易窓口を務める領主なので、王国の貿易窓口を務める叔父様にも登城命令が出されていた。

 貿易の現状紹介があるというのに、担当領地ウォルタナの責任者が同席しないのはおかしいからだろう。


 謁見を控えて、わたくしたちは王城の控室で呼ばれるのを待っていた。

 伊達眼鏡がない。

 でもやるしかない。

 不安がおさまるように、お父様の遺品のペンと切り札の殺害指示書を入れたハンドバックを強く握る。


 謁見には事件の被害者としてディアナ様も参集した。

 今日の場で何色のドレスを着るか相談されて、国王陛下の御前という緊張の場で勝負を仕掛けるのだから、自分が一番落ち着く色にすべきだと答えた。

 それでなのか、今日も彼女は瞳の色と同じオレンジのドレスを着ている。

 わたくしはお気に入りの薄いピンク色のドレスにした。


「シャルロッテ様と違って、国王陛下とお話するなんて初めてで緊張します」

「わたくしだって、挨拶したことしかありませんよ」


 いくらお父様の名代として外交交渉をしていたとはいえ、まだ十七才だし辺境伯領で育ったこともあって国内貴族との社交経験は少ない。

 十六才になって社交デビューをしたとき、王国主催の夜会で一度陛下に挨拶しただけ。

 向こうはわたくしのことなど覚えていないだろう。


 いまのお父様であるバーナント卿が、不安がるわたくしたちに声をかけてくださる。


「最初は侯爵が挨拶して貿易の話を始めてくださる。その折を見て人さらい事件の話に踏み込む。ふたりは被害者として、ありのままにウォルタナでされたことを語ってくれればいい」


 お父様はいろいろ手を尽くして、ユーリアスお義兄様の婚約を回避しようとしたそうだ。

 けれど正攻法では、サンドラ様との婚約を避けられなかったらしい。

 スチュアートお義兄様が緊張するわたくしに笑顔を向けてくださる。


「今回の人さらい事件で事態を変えられるかもしれない。シャルロッテとフォルタナ様は大変だったが、ウォルタナ卿にしっかり罪を償わせよう」

「はい、スチュアートお義兄様」


 責任問題にして叔父様を失脚させられれば、婚約回避が上手くいくかもしれないのだ。

 わたくしとディアナ様は、被害者として人さらい事件の証言をする。

 責任重大だ。



※ ブクマしてくださると嬉しいです!

m(_ _)m

お願いします。


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