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その四十一

 二週間かけてようやく王都のバーナント家に到着する。


 屋敷では侯爵の滞在準備が万全にされていた。

 先触れのヘンリー様がきちんと対応してくださったのだ。

 国王陛下への謁見申請もしっかりされていて、彼は騎士よりも官僚などの段取り調整役に向いている気がする。


 グランデ国王陛下との謁見は今日から五日後。

 それまでブランターク侯爵がバーナント家に滞在するのだけど、言葉が違うので当然通訳が必要だ。

 誰かと食事をするとなれば、ずっと無言でいる訳にもいかない。

 早速、お父様であるバーナント子爵とブランターク侯爵の領主同士で食事となり、わたくしが通訳のために同席する。


『グランデ王国の料理は大変美味しいですね。お礼に今度、名物のお酒をお送りします』

「お口に合って何よりです。実は酒に目がないんですよ。ブランターク領の地酒、楽しみにしています」


 無難な会話を同時通訳していく。

 懇親の場と交渉の場では通訳者の役割も変わる。

 この食事会は友好関係を築くのが目的。

 ならば余計な失言や言葉足らずは、無難に言い換えたり言葉を足したりするのも通訳者の役割だ。


 逆に交渉の場なら勝手に言い換えたりせずに直訳する。

 余計な解釈は加えない。

 変に言い換えて交渉内容に齟齬が出たら責任問題になってしまうから。


 それにしてもおふたりともさすが領主様だ。

 社交は慣れたもので食事会はなごやかな雰囲気で無事お開きとなった。


 通訳のお役も終わって侍女と部屋へ戻ると、扉の前でユーリアスお義兄様が待っていてくれた。

 白い騎士の制服姿なので、王城から戻ったばかりなのだろう。

 帰着早々に今日登城された。

 護衛任務の報告と五日後の国王陛下謁見に向けた打ち合わせと聞いていたが、ようやく戻って来られたみたいだ。


「お義兄様、遅くまでお疲れ様でした」

「シャルロッテこそ、早々に食事会の通訳をして大変だっただろう」


「いえいえ、むしろ性に合っています。結構楽しいんですよ」

「シャルロッテ、その……疲れていると思うけど、中で話をしてもいいか?」


 通訳で外交の仕事をするのも好き。

 だけど、いまは大好きなお義兄様と少しでも話をしたい。

 サンドラ様との婚約期限はもう二日過ぎている。

 お義兄様は近日中に他人の婚約者になってしまう。

 だからできるだけ、たくさん話をしておきたい。

 あとで後悔しないように。


「わたくしもずっとお話をしたかったです。さあ、どうぞ中へ」


 先に部屋へ入って招き入れようとすると、お義兄様がわたくしの侍女に休憩を促した。

 人払い?

 何か聞かれたくない話かしら?

 彼が部屋へ入り、わたくしが扉を閉めて振り返ったときだった。


「シャルロッテ!」


 ふわりとお義兄様に抱きしめられた。

 急なことで少し驚きながらも、優しく包むように腕を回されて鼓動が早くなる。

 わたくしも彼の腰に手を回した。


「ユーリアスお義兄様! やっとふたりきりになれましたね」


 こうして彼から抱擁を受けるのは、賊から助けてもらったあのとき以来。

 ウォルタナからの引き上げでは、常に誰かがそばにいて抱き合うなんてできなかった。

 ブランターク侯爵とその私兵も加わって、帰り道は大変賑やかだった。

 道中の宿でも和気あいあいと楽しく過ごせたけど、お義兄様とふたりきりになるチャンスはゼロで。


 彼に抱きしめてもらいたい、その願いをやっと叶えてもらえた。

 厚い胸板に頬を寄せて幸せを堪能する。

 しばらくそうしていた。

 お義兄様も同じ気持ちのようで、そのまま抱きしめていてくれる。


 そうしているうちに欲が出てきてしまった。

 もう一歩だけ踏み込みたい。

 サンドラ様のパーティを抜け出して、お義兄様と交わしたあの胸の熱くなる体験をまたしたいと思った。


「もうすぐお義兄様は婚約してしまいます。でも、いまはまだ違いますよね」

「そうだ。いまはまだ誰の婚約者でもない」


「だからまだ、好きでいてもいいですよね」

「……シャルロッテ」


 緊張で胸が高鳴りながらも、いましかないと意を決する。

 じっとユーリアスお義兄様を見つめると、彼もわたくしを見つめてくれる。


 銀に光る少し長い髪、透き通るような水色の瞳、整った顔立ちは素敵すぎてため息がでるほどに眉目秀麗で。

 こんな素敵な男性がわたくしと相愛だなんて。

 心が通っていることに幸せを感じながらも、気持ちを口に出さずにはいられなかった。


「好きです。お義兄様」


 そして、自分から目をつむった。



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