その四十
翌日、みんなで王都へ向けて出発した。
ユーリアスお義兄様が護衛する査察官たちも、すべての証拠が揃ったとのことで無事任務を終えて一緒に王都へ戻る。
お義兄様の騎馬が先導し、彼ら査察官たちが乗る馬車があとに続く。
往路と同じで、わたくしとディアナ様が乗る馬車は査察官の馬車の後ろを進み、さらに後ろにブランターク侯爵の馬車と従騎士の騎馬一行が続いた。
向かいに座るディアナ様が苦笑する。
「前の馬車が少しかわいそうですね」
「でも、この馬車に賊を乗せる訳にもいきませんし」
縛られた大男はまだ歩くことができず、査察官四人が乗る馬車の床に転がされていた。
見てはいないけど、あの狭い空間に大男と男性四人ではさぞかし窮屈だと思う。
ディアナ様が言うように、貴族の査察官たちが少しかわいそうだ。
無理をして馬車に乗せたのは、お父様殺害の容疑があるため。
あの人さらい事件を王都で裁判するのなら、我々の証言だけでも足りると思う。
でも本当の狙いは先にある。
今度の国王陛下への謁見で、人さらいだけでなくお父様殺害の首謀者が叔父様であることも訴えたい。
確たる証拠、叔父様が書いた賊への指示書は手元にある。
しかし、あの大男が実行犯だという自白は得られていない。
あくまで指示書は拾ったと言い張るのだ。
現状では指示書を持っていただけ。
人さらいは現行犯だけど辺境伯殺害の証拠はまだない。
叔父様にもしらを切られるかもしれない。
のらりくらりと知らぬ存ぜぬで通されたら、この証拠だけで果たして追い詰めることができるのだろうか。
それに賊へ指示をするにしても、リスクのあるサイン入りの指示書を使ったのがなぜなのかも気になる。
「シャルロッテ様! 私、運命を感じてます!」
「え? 何がです?」
「だって、ピンチのあの場にブランターク侯爵が来てくださったんですよ? まさに救世主です!」
「まあ、そうですね」
確かにブランターク侯爵が来てくれて助かった。
役人がグルの事件でも、その領主が証言してくれるならこれに勝るものはない。
ディアナ様には同意したけど本当の思いは違う。
わたくしを樽から助け出してくださって、十人の武装した賊をひとりで倒してくださった、ユーリアスお義兄様こそが救世主だと思っている。
王都までは二週間の長旅だ。
たびたび休憩や食事が挟まるが、ブランターク侯爵を賓客としてもてなすためになるべく一緒に過ごすようにした。
道中の宿での食事はユーリアスお義兄様も加わる。
でも、街道で休憩するときは警戒が必要。
お義兄様は護衛の仕事をするので、わたくしが通訳しながらブランターク侯爵とディアナ様の三人で楽しく会話して過ごした。
侯爵はわたくしに対して以前と同じ口調で話して、それはいまも変わらない。
一方でディアナ様へは、女性を意識した振る舞いや言葉選びをする。
侯爵の反応を見るに、ディアナ様からのアプローチにまんざらでもなさそうなのだ。
再び街道で休憩になったので、ディアナ様と馬車から降りてブランターク侯爵に真意を聞くことにした。
通訳魔法の使用で周囲にピンク色の輝きが広がる。
『侯爵ってディアナ様とわたくしでは、接し方が違う気がするのですけど』
『そりゃ当然そうだよ』
ブランターク侯爵が後ろを振り返って、警戒中のお義兄様を気にする。
『兄がどうかしました?』
『ユーリアス様の反応が怖いんだよ』
お義兄様とわたくしは同じバーナント姓なので、ややこしいから名前で呼んでもらっている。
『怖い? そうですか?』
『旅を始めて早々、筆談で釘を刺されたんだ』
『なんてです?』
『ウチの妹は私のものだ、と』
『わ、私の……もの?』
『ほかは紳士なのに、その点だけは真面目な顔で凄まれたよ』
熊のように大きなブランターク侯爵が小さく体をかがめて頭をかいた。
え、ええーー!
そんなこと、普通他人に主張します⁉
ふたりで愛を確認するならまだしも、それを他人に知らせるなんて恥ずかしすぎる。
「ねえ、シャルロッテ様っ」
何を勘違いしたのか、ディアナ様が袖を引っ張って通訳しろと催促してくる。
わたくしは通訳を渋ったが、彼女が頬を膨らまして怒るので羞恥に耐えながらしぶしぶ通訳した。
あまりに恥ずかしくて両手で顔を隠すと、ディアナ様がぽつりとつぶやく。
「シャルロッテ様、いいなあ」
彼女が羨ましそうに人差し指を口に当てる。
するとブランターク侯爵が通訳していないのに意味が分かったのか彼女を見つめた。
『まあまあ。ディアナ様には俺がいますから』
彼はそう言って、彼女の手にキスをした。
休憩が終わって馬車に戻ると、ディアナ様は「運命の人に出会えた」と熱っぽくつぶやく。
すっかり恋する乙女の顔になってしまった。
彼女はブランターク侯爵の虜になったのだ。
わたくしはそれが心配でならない。
「ディアナ様。前にもお伝えしましたけど、ブランターク侯爵は二十七才ですよ?」
冷静になって欲しくて、客車で向かいの席に座るディアナ様へ年齢の話をする。
「あっ、そう言えばそうでしたね」
「そう言えばって……。十才の年の差が気にならないのですか?」
「ぜんぜんです」
彼女のあっけらかんとした返事に心配が増す。
だって、ぜんぜん話が違うからだ。
「そもそもディアナ様が王都へ引っ越しされたのだって、田舎には年の差があるおじさんしか婚約者候補がいないからだと、おっしゃっていたじゃないですか!」
「ええ、そうでした。でも私、気づいたんです。愛があるならば――」
可愛らしく両手を握ったディアナ様が、わたくしを見つめて力説する。
「愛があるならば、年の差なんて関係ないということを!」
本来、貴族は結婚を家の利益優先で考える。
もし相手の減点要素が自分の家に影響を与えるなら、当然に婚約者候補から外す。
でも人には感情がある。
無味無臭な減点要素など、相手を好きになれば関係なくなってしまう。
目当ての人が十才も年上で言葉が通じなくても、好きになったら自分から外国へ嫁ぎたいと思えるのだ。
頬を染めたディアナ様がわたくしの手を握る。
「お願いです。どうか協力していただけませんか」
ディアナ様はもうブランターク侯爵に夢中だ。
結局はその人を好きになれるかどうか。
貴族であっても、最後は気持ちで決まるのだと実感した。
でもわたくしの場合、夢中など通り越しているかもしれません。
なにせ家族を……お義兄様を愛しているのですから。
協力をお願いしてから可愛く照れるディアナ様を見て、恋する乙女には程遠いと思っていた自分も負けてはいないなと苦笑した。




