その三十九
ブランターク侯爵は何を期待しているのかしら?
わたくしはウォルタナにあったすべてを失って、親戚の家の娘になったと伝えていますのに。
見返りなど期待されても困る。
それにブランターク領も事件の後始末で大変なときだ。
いまから一緒に来てくれるのは嬉しいけど、本当に明日出発で大丈夫なのだろうか。
『侯爵、本当に明日でよろしいのですか? 自国の税関役人を捕縛したばかりですよね。お忙しいでしょう?』
『ん? ああ、大丈夫だ。なあ?』
彼が後ろへ振り向いて、付き人兼執事の初老の男性に指示をする。
『捕らえた役人の裁判手続きを進めておいてくれ。結審までには戻る。よろしく頼むぞ』
初老の男性は少々げんなりとしたが、お任せくださいと頭を下げた。
いつものやり取りが見られて安心したわ。
ブランターク侯爵は、議論やアイデア出しが好きなようで自ら進んで問題に取り組む。
だけど、ただもくもくと実行したり管理するような手間のかかる仕事は、すぐ部下に丸投げしてしまう。
ま、貴族らしいといえばそうなのですけど。
今度は、ユーリアスお義兄様が後輩のヘンリー様に先ぶれを指示する。
「ヘンリー、急いで王都へ戻り、今日から二十日後にグランデ国王への謁見を手配して欲しい。それからブランターク侯爵がバーナント家へ数日滞在すると、バーナント卿へ伝えてくれるか?」
「謁見手配ですか⁉ それは重要任務! 先輩、任せてください」
ヘンリー様は大げさに敬礼すると、もたもたとお馬に乗って去って行った。
ブランターク侯爵が手足を斬られて苦しむ賊たちと、地面でもだえる大男を見て初老の男性に指示する。
『この事件は俺の領地に入った場所で起こった。賊どもの捕縛と手当てもしておいてくれ』
『かしこまりました』
兵士がころがる賊を片づけ始めたので、ユーリアスお義兄様が訴える。
「侯爵、生き残った大男は事件の主犯格なので、一緒にグランデ王国へ連れて行きたいのです」
『生かしておいたということは、いろいろ知っている訳か。承知した』
侯爵の了承を得てお義兄様が大男を縛り上げる。
大男の身体検査をしたときに、懐へ大事そうに入れた封筒が見つかった。
封筒の中に手紙がある。
指示書
・鉱山から帰る山道でウォルタナ卿の馬車を襲え
・居合わせた人間は口封じですべて殺せ
・馬車ごと谷へ落として転落事故を装え
・道の真ん中に大きな石を置いて馬車が乗り上げたと偽装しろ
・事故を装うのだから絶対に金品を取るな
※略奪が原因でバレたらお前らの口を封じる
プー・ウォルタナ
「これは!」
監禁されてたとき幽霊のお父様から聞いた賊への指示書!
この指示書に書かれたウォルタナ卿とは、当時辺境伯だったお父様のことで間違いない。
そして、差出人のプーは叔父様の名前だ。
やはり、やはり犯人は叔父様だった!
そしてこの指示書を持っていた大男はお父様殺害の実行犯かもしれない!
手に力がこもってつい手紙をクシャリと握ってしまったが、大事な証拠だと気づいて急いでシワを伸ばす。
「……あれ?」
文章とサインの筆跡が違う。
代筆かな?
あの頼りない叔父様がこんな風に要点をまとめて書けるとは思えないし。
でもだからといって、殺人の指示書なんて使用人に代筆させないだろうけど。
ということはサンドラ様が中身を代筆した⁉
何より疑問なのは、紛失したら首謀者が判明するサイン付きの指示書を、なぜわざわざ発行したのかという点。
実行犯に渡したら肌身離さず大切に持ち歩くに決まっている。
いざというときの免状、未来の領主のお墨付きになるし、叔父様に裏切られないよう弱点を握っているともいえるのだから。
サイン付きの指示書を発行するデメリットを考えれば、叔父様が直接会って指示する方が証拠など残らずいいに決まっている。
叔父様にそこまで考えが及ばなかったのだろうか。
大男はダメージが大きくて歩けないようなので、手足を縛られ口布を噛ませ、さっきの荷台に乗せられた。
「この男がお父様を!」
縛られた大男を睨みつける。
この男がお父様を殺害したかもしれない、そう思うと怒りが湧いたが、冷静になれと首を振る。
この男は真の仇ではありません。
わたくしは赤く腫れて縄の跡がついた手首をさすりながら、殺されずに生かされた大男の先にいる叔父様の打倒を決意した。




