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その三十七

 外で男同士の言い争いが聞こえる中、ガタン! と荷馬車が大きな音を立てる。

 誰かが荷馬車に乗り込んできたようだ。


「シャルロッテ! どこにいるんだ! 教えてくれ!」


 ユーリアスお義兄様が大声で叫んでいる!

 きっと、どの樽に閉じ込められているのか分からないのだわ。


「んんーんんーー!」

「んん! んん!」


 わたくしとディアナ様は必死に存在を訴えた。

 だけど、口布をされた上に樽の壁にさえぎられて、上手く存在を伝えられない。


「この荷馬車ではないのか?」


 ああ、お義兄様が行ってしまう!


「んんーんんーー!」


 何か居場所を伝える手段はないか。

 そうです、魔法です!

 わたくしには通訳魔法があります!


 急いで通訳魔法を使うと、ピンク色の輝きが広がる。

 ピンクの輝きは樽の中に留まらず、いつものように拡散した。


「シャルロッテの魔法! そこか!」


 ついに樽の蓋が開けられた。

 わたくしの目には眩しい外の光とともに、大好きな彼の姿が飛び込む。

 美しく端正な顔が、心配そうにわたくしへ向けられていた。

 ユーリアスお義兄様が助けに来てくれたのだ。


「ああ、シャルロッテ! なんて酷いことに!」


 お義兄様は首を横に振って震えたあと、すぐにナイフで縄を切って拘束を解いてくれた。

 安堵と感激で、衝動的にお義兄様に抱き着いて胸に頬を押しつける。


「お義兄様っ!」

「間に合ってよかった!」


 感動の再会に浸る間もなく、抱きしめ合うわたくしたちへ無粋な怒声が放たれる。


「おい、てめぇ! 勝手に何してくれてんだ!」


 いつもまでも抱きしめ合っていたいが状況はそれを許さず、お義兄様が名残り惜しそうに離れる。

 わたくしはそれが嫌で、つい手を伸ばした。

 馬車に近づく賊がいてそんな場合ではないのに、愛する人から離れたくはなかった。

 彼は伸ばしたわたくしの手を取ると、縄で縛られて赤く腫れた手首をさすってくれる。


「少しだけ待っていて欲しい。もう悲しい思いはさせないから」

「……はい!」


 お義兄様はさっと荷馬車を降りると目の前の賊どもと対峙した。

 わたくしは急いで荷台の樽を叩いてディアナ様を探し出し、工具を見つけて救出する。

 樽から出たディアナ様を抱きしめた。

 手足の拘束を解いて互いの無事を喜びあいながらも、荷馬車の中でユーリアスお義兄様を見守る。


 賊は総勢十人。

 レストランで襲ってきた丸腰のチンピラとは明らかに違う。

 全員が剣と防具で武装していて、ひと目で犯罪者と分かるほど目付きが悪い。

 誰もしゃべらずに殺気を放っている。


 対するはお義兄様ただひとり。

 離れた場所に後輩のヘンリー様も見えたが、相変わらずのへっぴり腰で戦力にはなりそうにない。


 しかし、わたくしは微塵の不安も感じなかった。

 なぜならお義兄様が魔法を発動させて、白銀色に輝いたからだ。

 全身から強く放たれる白のオーラは、いまの彼の感情が表れているのか前回よりも雄々しい。

 クセのある長い銀髪はオーラで毛先が逆立ち、騎士の白い制服に施された銀の刺繍が反射光で輝く。


 お義兄様が腰の剣をスラリと抜き放つ。

 銀に輝く刀身は白銀硬化の魔法に同調しているのか白い光を発していて、まるで光の剣のように見えた。


「お前たちを容赦しない。手加減は期待するな」


 お義兄様の怒りは相当なものだった。

 こんなにも強い口調の彼をわたくしは知らない。


 貴族令嬢を拉致監禁。

 手や足を縛っただけでなく、口布までして樽に閉じ込めたのだ。

 しかもその目的は、奴隷として売り払うため。

 人さらいの重罪人は、王国騎士として成敗するのに十分な理由である。

 だけどそれに留まらない、激しい怒りがお義兄様の表情からにじみ出ていた。


 怒りの理由、それはわたくしたちへ危害を加えたことなのは明らかで、いつもの穏やかなお義兄様からは想像もつかないほど眼光が鋭い。


 わたくしたちをさらった大男が、ユーリアスお義兄様へ向けて剣を向ける。


「殺せ! 殺してしまえッ!」


 賊たちが一斉にユーリアスお義兄様へ襲いかかった。

 十対一、多勢に無勢。

 一見してお義兄様に勝ち目などない戦い。


 しかし白銀に輝くお義兄様の強さは圧倒的だった。

 剣術に詳しくないわたくしが見ても、相手との実力差は歴然。ひとりまたひとりと敵を打ち倒していく。

 その戦い方は異質で、白銀に輝く左手ですべての攻撃を直接弾き、掴み、受け止めて、すぐ相手の隙へ右手の剣で強力な一撃が繰り出される。


 普通の斬り合いではありえない、素手での防御と剣での攻撃が融合した剣術に、賊たちはなすすべもなく倒された。

 とうとう賊のリーダーらしき、屈強そうな大男と一騎打ちになる。


 すると大男の目の前に透明な男性が現れた。

 なんと、幽霊のお父様が大男を指し示している。


「こいつですか? 分かりました」


 お義兄様がうなずくと幽霊のお父様は消えた。

 賊のリーダーがお父様の出現に面食らっている。


「い、いまのは⁉ 何か魔法を使ったのか⁉」

「貴様は手加減してやる。血が流れたら治療が面倒だ」


 大男はお義兄様の言葉を聞いて顔を赤くする。


「て、手加減してやるだと? てめえ、ぶっ殺してやる!」


 あまりの体格差に心配したけど無用だった。

 お義兄様は振り下ろされた賊の大剣を軽々と右手の剣で弾くと、先ほどまで敵の剣を受けていた左手で拳を握る。

 身をかがめて瞬時に相手の懐へ入ると、その拳で敵の腹へ打撃を放った。

 ふた回り小さいお義兄様が放った大男への一撃。

 その一発は見た目の予想に反して重く鈍い音を響かせた。


 いかなる攻撃も受け止めそうな大男が、お義兄様のパンチを一発だけ腹に受け、体をくの字に曲げて動きを止める。


「ぐ、あ……」


 左手を引き戻したお義兄様がもう一度、賊の腹へ拳を突き上げた。

 ドスンという鈍い音と共に、大男の背中側からお義兄様のオーラが貫通する。


「三発目はやめておく、殺してしまっては困るからな。貴様には聞かねばならないことがある」


 賊のリーダーは地面に倒れて体を丸め悶絶していたが、腹を抱えたまま苦しそうに口を開く。


「……お、俺らが、な、何をしたっていうんだ。輸出の品を……運んでいただけだ」

「人をさらって、ヘルメア公国で人身売買をしようとした」


「そ、そんなことは知らない」

「現行犯で被害者を救出しているんだぞ?」

「し、証拠はどこにあるんだ? この荷物は正当な輸出品として、領主様の承認済みだ。ヘルメアの税関だって通過した」


 辺りを見回すと、どちらの国の税関役人も武器を構えてお義兄様を睨んでいた。

 税関の役人たちは、わたくしたちが入った樽を故意に見過ごし、それがあばかれてもなお悪党の味方をしようとする。


 役人が不法を働く理由などいつの時代も同じ。

 どちらの国の税関役人も買収されているのだ。



※ ブクマしてくださると嬉しいです!

m(_ _)m

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