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その三十三

 まずはお義兄様に監禁されていることを知らせなければ。

 でもこの場所はどこなの?

 それに一体どうやってお義兄様へ知らせたらいいのか。

 サンドラ様のパーティのときみたいにペンダントを光らせる?

 いえ、ここで光らせても部屋が明るくなるだけで居場所を伝えることはできないわ。

 それどころか妙な真似をするなと賊を怒らせてしまうかも。


 不安と絶望に押しつぶされそうになりながら、それでも何かできないかとぐるぐる思考をめぐらす。

 ふと廊下の足音が聞こえて、暗い部屋に閉じ込められている現実に引き戻される。

 ギギィときしむ音がして部屋の扉が開けられた。

 人さらいが食事を持ってきたらしい。


 少しでも情報を得て、お義兄様が来てくれるまでの時間を稼がなくてはいけない。

 ヘルメア公国との交渉で鍛えた話術をいまこそ役立てるとき。

 それに伊達眼鏡で戦闘モードになれているので恐怖がない。

 会話に全力を出せそう。

 食事を持ってきたのは、わたくしたちをさらった大男だった。

 わたくしの口布を外してから不思議そうにする。


「あれ? お前、眼鏡なんかしてたか? もっとこう子供みたいな顔で」

「眼鏡でしたよ。外すと視えなくて食べにくいんで、どうかこのままで」


 首をかしげている。

 しかし結局眼鏡はそのままにして、胸の前で縛られた手にスプーンを持たせてくれた。

 よかった。

 きっと深く考えるのが苦手なタイプだ。


 彼に立ち去られては情報が収集できない。

 交渉以前にまずは座らせよう。


「優しそうな人でよかったです」

「や、優しい奴が人さらいなんてやるか! 移動前に食わせると吐くだろうから、いまのうちに食わせるだけだ」


 じっと大男の目を見て微笑むと、彼は立ったまま顔を赤くした。

 どうやら大男は女性に優しくされた経験が乏しいから悪態をつくだけで、会話をするのが嫌な訳ではなさそうだ。

 つけ入る隙を探すため、あれこれ聞いてみる。


「ねえ、どうして私たちをさらったのです?」

「さらって売り飛ばせと上から言われたんだよ」


「じゃあ、目をつけられていたのですか?」

「女ふたりで裏まで嗅ぎまわるからだ」


 だいぶ打ち解けて来たので、もう少し踏み込んで敵側の情報を聞いてみよう。


「上ってどなたですか? あなたがリーダーに見えますけど?」


 突っ込んだ質問をすると、大男はじっとわたくしの目を見てくる。


「お前、まだ諦めてねえのか? 変に希望を持たれて買主に粗相されちゃ困る。仕方ねえ、人生の諦めがつくように教えてやるよ」


 大男がよっこらしょと私の前に腰を下ろす。

 上手く座らせることに成功した。


「俺らのバックは領主なんだ。あんたらは領主を怒らせた。まあそういうことだ」


 領主⁉

 指示したのは叔父様なの⁉

 いえ、叔父様はわたくしたちがウォルタナにいることを知らないはず。

 ならばわたくしに限らず不都合な奴をさらうよう、代官が命を受けているの?


「もしかしてデイジーが代官の指示をあなたに伝えたの?」

「デイジー? へえ、あいつそう名乗ってんのか。俺らへの指示はみんなあいつ経由だ」


 聞けばべらべらしゃべってくれる。

 たぶん冥途の土産だとかいって、あれこれ語りたいタイプなんだろう。


「俺らへの指示って?」

「まあいろいろと。最近の指示は旅人とか騒ぎになりにくい奴を適当にさらって売れだな」


 なんてこと……。

 叔父様が人身売買に手を染めているなんて。

 あの代官の独断……は考えにくいわね。

 書類に領主のサインがないと役人も悪人も動かない。

 国王陛下が一掃を命じた悪行に領主自ら手を染めて、利益を得るなんてあってはならないこと。

 人身売買が摘発されれば重罪になる。


「売り先だって考えないと見つかるのでは?」

「だから国内では売れねえ。売った先に奴隷の顔を知ってる奴がいたら騒ぎになるからな」


「では国外ですか。でも、界隈の国はどこも奴隷売買が禁止されていますよね?」

「こっそりでもなんでも奴隷にしちまえば勝ちだ」


「さらわれたと訴えますよ」

「売る方も買う方も口が堅ければ、奴隷が何を訴えても駄目だ。自由欲しさに奴隷が嘘を吐いてると扱われるだろ。買主は以前からいる奴隷だと言い張ればいい」


 自分が以前からの奴隷ではなく最近さらわれたと証明するには、誰かの証言が必要となる。

 知らない土地で自由がなければお手上げだろう。


 外国へ奴隷を売るにしても、わざわざ遠い国へ奴隷を輸送するとは考えにくい。

 奴隷の顔が知られていなければいいだけ。

 ならば、十中八九、山向こうの隣国だと思う。


 だけど、ヘルメア公国でも人身売買は禁止で重罪のはず。

 まさか隣国の領主、ブランターク侯爵が国に隠れて悪に手を染めたの?

 あり得ない。

 治政に意欲を燃やすあの人がそんなことをするはずがない。


 そういえば侯爵が奴隷売買の噂を聞いたと言っていた。

 この賊たちはさらった奴隷をこっそり隣国へ連れて行き、隠れて売り飛ばしているのかもしれない。


 ……いえ、ヘルメア公国との国境には税関があるわ。

 税関の積み荷チェックは厳しい。

 どちらの国も人身売買を禁止しているのに、奴隷を連れて税関を通過するなんてできそうにない。

 ならば賊たちは一体どうやって取引を?

 頭をフル回転させながら、眠っているディアナ様を起こす。


「ディアナ様、ディアナ様」

「シャルロッテ様。ここは……ああ、縛られてます。やはり夢じゃないのですね」


「食事が出されましたよ」

「とても食欲がありません」


「食べておかないと体が持ちません。ここは無理をしてでも召し上がってください」

「……そうですね」


 大男が、もそもそと食べるわたくしたちを座って見ていたので、ふたりであれこれ話しかけて同情を買おうとしたが、さすがに解放してはくれなかった。

 食べ終わるとまた口布をされる。

 扉を閉められて、部屋はまた薄暗くなった。



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