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その三十一

 夕方までそんな恋愛話をして過ごすうちに、ユーリアスお義兄様とヘンリー様、査察官たちがホテルへ戻ってきた。

 忙しかったのか、みなさまは一様にお腹を空かせていらしたので、早々にホテルのレストランで夕食となった。


 ディアナ様はイケメン査察官への興味が薄れた様子。

 わたくしとお義兄様とヘンリー様が囲むテーブルに加わる。


「困ったなあ。ふたりとも可愛くて俺には選べないんだけど」

「ヘンリー。お前は何を言っている?」


 ヘンリー様のお陰で、貴重なお義兄様の苦笑いを見てしまった。

 それが嬉しくて、わたくしも思わずフフと笑ってしまう。


 ごめんなさい、ヘンリー様。

 わたくしもディアナ様も目当ての男性がおりますのよ。


 わたくしの考えにディアナ様が気づいたようで、彼女も笑いをこらえている。

 そんな楽しい雰囲気で夕食が始まった。

 貴族向けのホテルなので、併設するレストランは貴族向けの料理を出してくれて、しかも結構おいしい。

 前菜を食べながらお義兄様に尋ねる。


「お仕事はいかがでしょうか」

「査察官のみなさまの頑張りで証拠が集まりだした。不穏な状況なので、護衛の私も警戒を強めている」


 お義兄様の任務は、王都とウォルタナの道中と、ホテルから屋敷までの往復の護衛。

 屋敷内の税務調査中に危険などないはずである。

 代官も査察を邪魔するどころか、手心を加えてもらおうと協力的らしい。

 ところが見つかった証拠がきな臭い。

 使途不明なお金が多く、犯罪組織との繋がり疑われるとのこと。

 屋敷での作業でも暴力による隠ぺいが懸念される。


「すまない。まだ一緒に行動できない」

「大丈夫です。代官に借りている護衛の女性がいますし」


「ふたりとも、本当に危ないことはしていないか?」

「大丈夫ですよ、お義兄様。食事だって店を選んでいますし」

「あ、ユーリアス様。実は今日、隣国のブランターク侯爵に会ったんです!」


 ディアナ様がお忍びで来たブランターク侯爵のことを伝えた。


「隣国? ヘルメア公国の侯爵が何の用で来たのか?」

「シャルロッテ様がご相談の手紙を書いたのです。それを読んで大急ぎで来てくださいました」

「シャルロッテが相談の手紙を書いた? 相手がどんな人物か教えて欲しい」


 ディアナ様が頬を赤らめる。


「大きな体で男らしいのに優しくて穏やかな方です。気さくで立ち居振る舞いも素敵でした。しかも、独身なんですよ」


 べた褒めするディアナ様の反応を見て、ユーリアスお義兄様の表情が少しだけ険しくなる。


「シャルロッテとは、長いつき合いなのか?」


 いつもとは違うお義兄様の反応が少し気になりながらも、わたくしが事情を説明する。


「隣国の領主様で貿易交渉の相手でした。ウォルタナにいたころに、わたくしがお父様の名代として、侯爵と二年間やり取りをしたのです」


 わたくしの説明にディアナ様が楽しそうにつけ加える。


「おふたりがとても親し気にやり取りされるんです。私なんかずっとカヤの外だったんですよ。酷いでしょう?」


 ディアナ様は場を盛り上げるように話したけど、それを聞いたユーリアスお義兄様が目をつむる。


「シャルロッテ。侯爵は政治について相談したいと思うほどの相手なのか?」

「え、ええ。政治に関しては本当に頼りになる人です。交渉で激論を交わしたこともありますけど、領地経営で共通の悩みを相談しあったりとかも……」


 言いかけてやめた。

 どうもお義兄様の様子がおかしい。

 だがときすでに遅く、彼が低い声で「親密な相手がいたとは……」とつぶやいた。


 あれ?

 異性として仲がいいと誤解されています?

 どちらかというと戦友みたいな感じなのですけど。


 お義兄様はご自分がモテて多くの女性に言い寄られるのに。

 わたくしに親しい男性がいると分かった途端機嫌が悪くなるなんて不公平な気が……。

 けど、わたくしを好いてもらえているってことですよね。


 ただブランターク侯爵とは親しくても、恋愛感情など微塵もないので訂正する。


「あの! 親密というよりは、何でも相談できる相手という感じです」

「何でも……か」


 説明を追加したけど、それが余計に誤解を呼んだようだ。


「いえ、その……頼りになる人……そう、実の兄のような存在で――」

「実の兄? ちょっと待って欲しい。シャルロッテの兄は私だろう?」


 お義兄様は食べかけの食事を終わりにすると席を立つ。


「お、お義兄様違うのです。いまの表現は間違えました」

「近い感情があるから出た言葉だろう」


「わたくしの話を聞いてください!」

「すまない、疲れているようだ。今日は先に休ませてくれ」


 お義兄様はわたくしの引き留めを振り切って、レストランを出て行ってしまった。

 それを見たヘンリー様が慌てる。


「ちょ、先輩待って! 俺まだ食べ終わってないっすよ」


 彼は文句を言いながら食事を口に押し込むと、お義兄様の後を追って行った。

 ディアナ様が青い顔をしている。


「シャルロッテ様、申し訳ありません! 私がブランターク侯爵の話をしたばっかりに」

「ディアナ様は何も悪くありません。いずれ話すつもりでいましたし。わたくしが上手く説明できなかったから、お義兄様を勘違いさせてしまったのです」


 ここ数日、お義兄様とはあまりお話ができてなくて、逢いたい想いが募っていた。


 護衛の任務がなければ彼とずっと一緒にいられるのにと、わがままな気持ちを抱いていたくらいだ。

 それなのに、ユーリアスお義兄様との貴重な時間が寂しい形で終わってしまった。

 こんなおかしなすれ違いでお義兄様との距離が遠くなるなんて。

 喧嘩は絶対に嫌なのに……。


 お義兄様とサンドラ様の婚約まであと半月に迫っている。

 サンドラ様が婚約の引き換えで提示した条件。

 それは、バーナント領に鉄鉱石の供給を今後も続けるというもの。

 鉄製品の加工が主産業のバーナント領からすれば、原材料である鉄鉱石の供給が絶たれると死活問題になる。


 奇跡でも起きない限り、サンドラ様の条件をクリアしてお義兄様の婚約を回避するなんて難しい。

 せめて婚約が決まるその日までは、彼と相愛の関係でいたい。

 わたくしは残された日を大切にしたくて、明日にでも誤解を釈明しようと心に決めた。



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