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その三十

 彼の後ろには、いつも付き人をしている初老の男性もいる。


『バーナント様、どうもお久しぶりです』

『こんにちは、お久しぶりです!』


 侯爵の執事も兼ねているが、腰が低くて堅苦しい感じのしない気さくな人だ。

 再会を喜んでいると、ブランターク侯爵が大きな体をかがめて小声で話す。


『手紙であなたが帰っていると分かって、慌ててお忍びで来たよ。実は俺たちもかなり困っているんだ』

『すみません。わざわざ来てくださって感謝します』


『そうだ。串焼きでも買って食べながら話そう』

『串焼きって……屋台のですか?』


『ほら、屋台に丸椅子がある。腹が減ったんだ』

『あそこでですか?』


 わたくしは屋台の椅子で串焼きを食べるのは気になる。

 ディアナ様だって嫌かもしれない。

 彼女に聞いてみると、嫌な顔どころか笑顔で身を乗り出した。


「大きくて頼りになりそうなかたですね! ご一緒にお食事ができるのでしたら、外で座って食べても問題ないです。それよりも彼を紹介していただけませんか!」


 ブランターク侯爵を目で追う彼女が、かなり前のめりに見えた。


 デイジーに周囲を警戒してもらい、四人で屋台の椅子に並んで座る。

 聞かれると困る話もするので、屋台の店主にはいくらか渡して外してもらった。

 早速、串焼きを頬張る彼に情報収集した貿易の状況を説明する。


『商人たちが不満を言っていました。関税が高すぎて利益を下げないと買い手がつかないそうです。無理に輸出するより国内販売したほうが利益が多いらしく、それで輸出品が集まらないのです』

『いやいや、こちらは関税を変更していないぞ』


 ブランターク侯爵がいぶかしそうに、茶色いあごひげへ手を当てる。


『でも商人たちは、急に関税額が変更されたと不満を言っていましたよ』

『どういうことだか、さっぱり分からん』


 領主であるブランターク侯爵が、関税額の変更を知らないのはおかしい。

 誰かが勝手に現場の税関へ指示しているのか。


『それとお恥ずかしい話、ウォルタナで人さらいが頻繁に発生しています』

『それについては、俺の国でも地下組織による奴隷オークションが噂になっている。どうやら関係がありそうだな』


『その人さらいに関係あるか分かりませんが、そちらの国民をこちらで多く見かけます』

『移民は増えていないと思うが』


『いえ、移民じゃなく商人や旅行者を名乗って入国する粗野な人たちです」

『確かにここに来るまで、俺の国の言葉で粗暴な物言いを聞いたな。だが、ウォルタナで捕まった犯罪者の強制送還は最近報告がないぞ』


 おかしい。

 数日前にレストランでお義兄様がチンピラを捕らえたはず。

 そういえば、隣国出身は釈放されると店のオーナーが言っていた。

 あのチンピラも釈放されたのかもしれない。

 ひと通り情報交換が終わって、双方で貿易と人さらいについて詳しく調べようということになった。


 別れる段になって丸椅子から立ち上がる。

 すると、ディアナ様がわたくしの袖を引っ張った。


「ブランターク侯爵とお話ができなくて残念です。せめてまたお会いできませんかと、伝えていただけますか?」


 ディアナ様の寂しそうな顔を見て、しまったと思った。

 通訳魔法で隣国のヘルメア公国語に変換して話していたので、ブランターク侯爵と執事の男性にしか話が伝わっていない。

 彼からの話も隣国の言葉。

 ディアナ様には分からなかったのだ。


 これまでもよく、わたくしと彼で政治や貿易の議論に夢中になり、周りを無視して没頭することがあった。

 今日はディアナ様がいるのに彼女をずっとカヤの外にしてしまった。


『侯爵、今度あらためてお茶でもいかがでしょうか。ぜひディアナ様もご一緒で政治以外のお話もしましょう』


 わたくしがちらりとディアナ様へ視線を動かす。

 目の動きに気づいたブランターク侯爵が表情をハッとさせた。


『それは申し訳ないことをした! すっかり治政議論に終始してしまった。すまない、フォルタナ様!』


 ブランターク侯爵の謝罪は彼女の目を見た誠実なもので、言葉は伝わらなくとも気持ちは十分に伝わるものだった。


 遅れて侯爵の言葉を通訳すると、ディアナ様が表情をゆるめてから口をすぼめて彼を見つめる。

 すると、愛らしい彼女の態度に反応したブランターク侯爵が驚きの行動に出た。

 なんとディアナ様の前へひざまずき、手をさっととってキスをしたのだ。


 目を見開いて驚くディアナ様。

 彼女は顔を赤くすると彼をじっと見つめて微笑みを返した。

 ふわりと、とろけるように甘い空気がふたりの間に漂う。


 思いがけず男女の駆け引きを目撃して、隣にいたわたくしの胸はどきどきと高鳴った。

 身近なはずのディアナ様と知らない一面を見せるブランターク侯爵が、まるで恋愛小説の恋人同士のように見えたのだ。



 早めにホテルへ戻ったわたくしたちは、ディアナ様の部屋でおしゃべりをしていた。


 彼女はすっかりブランターク侯爵が気に入ったらしい。

 頬に手を当てて熱っぽく魅力を語っている。

 いつものように恋に夢中のディアナ様も嫌いではないけど、知っている人がお相手だとなぜか慎重に考えて欲しいと思ってしまう。


「もし結婚するとなったら嫁ぎ先は隣国ですよ?」

「四女の私が嫁ぐなら、もう国内より異国の方が当家の伝手が増えてよいと思いますの!」


「言葉が違うのでご苦労されますよ?」

「では、頑張って新しい言葉を身につけなくては!」


「あの方は二十七才です。ディアナ様とは十才離れているのですけど気になりませんか?」

「と、年の差は気になります……。けど、年齢から生まれる余裕が魅力的でした!」


「く、熊さんですよ?」

「素敵ですよね、熊さん!」


 すっかりヒートアップしてしまっている。

 少し時間を置かないと、冷静に考えるのは難しそうだ。



※ ブクマしてくださると嬉しいです!

m(_ _)m

お願いします。


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