その二十九
情報収集を始めて五日が経った。
そろそろ得られる情報にも変化がなくなってきている。
商店を訪れる態度の悪い客の中に、お父様の仇がいるかもしれないと何人かに目星をつけた。
だけど街全体の治安が悪化しておりチンピラのたぐいが増えているので、誰が犯人に繋がっているのか分からない。
いくらデイジーが一緒に居ても無理は禁物だ。
昼になり、情報収集も終わりにして食事をしようと飲食店を探す。
ドレスではなく街歩きの服を着ているとはいえ、女子ふたりで大衆食堂に入るのは正直怖い。
態度の悪い客がちらほらいて、ちょっかいをかけられると困るからだ。
わたくしとディアナ様は離れた所から大衆食堂をうかがう。
「貴族向けのレストランも毎日では飽きるので、違う店に入りたいのですけど」
「でも、シャルロッテ様。この店の雰囲気は心配ですよ」
ふたりして食堂の前で様子をうかがっていると、声をかけられた。
「お、やけに華奢な奴だと思ったら、女じゃねぇか!」
「よく見ると可愛いぞ! おいお前ら、俺らの飯につき合え」
店の近くにいたせいで、ナンパ男ふたりにからまれてしまった。
眉をひそめたディアナ様が反射的に一歩引く。
「あ、間に合ってますので……」
「は? 間に合ってますだと? 馬鹿にしてんのか?」
そっけない拒絶が男の気分を悪くしたようで突っかかってきた。
もめると何をされるか分からないので、わたくしが丁寧に断ろうと前へでる。
「ごめんなさい。せっかくですがご遠慮いたします」
「ずいぶん育ちがいいようだな? あんまり丁寧に断られるのも逆に腹が立つんだよ!」
わたくしも相手の感情を逆なでしてしまった。
これ以上怒らせないようにしたい。
「お、お腹は減っていませんので」
「いやいや、飲み物くらいは飲めるだろ?」
断っても断ってもしつこく絡んでくる。
嫌がるのを楽しんでいる素振りが見えて、どうにもたちが悪い。
デイジーが前へ出てくれる。
「おい、お前らなど呼んでない。邪魔だ。消えろ」
ずっと黙って無口な人だと思ったら信じられないほど口が悪い。
「何だこの吊り目メイドは。あれ?」
「おい、お前。どっかで会ってないか?」
どうも男たちの様子が変だ。
デイジーが心底迷惑そうに顔を歪める。
「仕事の邪魔すんな。頼むから雑魚はどっか行けよ」
「何い?」
「雑魚だと? この野郎! じゃなかったこのアマ!」
追い払うにしても言いようがあるのに。
余計にナンパ男たちがいきりたってしまった。
すると彼らの後ろから大柄な男性が近づいてくる。
大柄な男性はそのままナンパ男たちの真後ろに立った。
「あーあー、ゴホン!」
「な、何だ⁉」
「うぉ、でけぇ」
体が大きくて威圧感が凄い。
振り返ったナンパ男たちが慌てふためく。
大柄な男性が見下ろすように隣国の言葉で凄んだ。
すると、ナンパ男たちは文句をいいながら悔しそうに去って行く。
懐かしさで胸が熱くなる。
ヘルメア公国の言葉で追い払ってくれたのは、わたくしのよく見知った人物だった。
急いで通訳魔法を発動させる。
『お久しぶりです! 来てくださったのですね! ブランターク侯爵!』
『ドレスじゃないし眼鏡も掛けてないから、最初は誰か分からなかったぞ』
彼はわたくしたちと同じで一般的な街歩きの服を着ている。
身分を隠しているようだ。
ブランターク侯爵は、わたくしを見てほがらかに笑う。
『元気そうでよかった。久しぶりだな、ウォルタナ嬢。いや、いまはバーナント嬢だったか』
茶色の髪に茶色のあご髭を生やした熊みたいなこの男性は、ウォルタナと隣り合う隣国のブランターク領を治める領主、ノーツ・ブランターク侯爵。
わたくしより十才上の二十七才で大柄な優しい男性だ。
見た目も性格もまんま熊さん。
彼とは貿易事務のすり合わせでよく交渉した。
ときに対立し、ときに認め合った交渉のライバル。
そして戦友に近い存在。
『なんだ。眼鏡がないと幼いな』
『ほっといてください』
最初の貿易交渉は彼の部下とだった。
童顔を舐められて子供だと馬鹿にされ屈辱を味わった。
まあ次の交渉では伊達眼鏡を掛けてコテンパンに負かしたけど。
それでブランターク侯爵自ら交渉するようになって。
でも彼はわたくしを対等な交渉相手として接してくれた。




