その二十六
馬車は二時間走って、鉱山に向かう山道の途中で停止した。
どうやらここが事故現場らしい。
道路の片側は山頂へ続く登り斜面で木と草が生えている。
反対側は谷だ。
恐る恐る崖下をのぞく。
途中の起伏に破損した馬車の残がいが見えた。
とても下りて行けない崖になっていて、足を滑らせたら数十メートル下の谷底まで落ちてしまうだろう。
山道は平地の街道と比べて狭いけど、それでも十分な幅がある。
鉱山関係者が行き来するためか整備も多少されていて極端な悪路でもない。
うーん。
この場所で馬車が転落するかしら。
事故にあったその日、お父様は半年に一度の鉱山視察の帰り道だった聞いている。
雨や風の強い日でもなかった。
それに暴走馬車ならともかく、普通はお馬が崖に寄りたがらないはず。
御者へ「調査している間に別の馬車が来たら危ないから」と適当な理由を言って、先の曲がり角で待機しているように指示する。
先の曲がり角へ御者が到着したのを確認してから、そそくさと通訳魔法を使ってお馬に当時の状況を聞いてみた。
『旦那様が襲われたのは夕方です。そこの上の斜面に賊たちが潜んでいたようです。客車から旦那様を引っ張り出して、鈍器で殴ってから再び客車へ乗せました。当時の御者も旦那様と同じように鈍器で殴られました』
『それがこの場所なのね』
『さらに賊が大勢で客車を横へ倒して谷へ落とし、道路に大きな石を置きました』
客車が落石に乗り上げて谷に転落したと聞いた。
だけど話がずいぶん違っている。
その石を確認しようとしたけどお馬の言う場所にはない。
通行の邪魔でどかしたのかもしれない。
『石を置いたのって……偽装かしら』
『賊が客車を谷へ落とすときに繋がれた私が抵抗したので、ナイフで装具を顔ごと切られて逃げることができました』
『それで顔に大きな傷があったのですね』
お馬の話は論理的でつじつまが合っている。
道路に石を置いたのって、斜面からの落石に見せかけているのよね。
そこへ乗り上げた客車が横転して、その拍子で客車が谷底へ落ちた、という事故の偽装と考えられるわ……。
最初は冷静に分析していたけど、状況が鮮明になるほどにどんどん心はつらくなる。
悲惨な殺され方をしたお父様と御者が不憫で涙が流れた。
「お父様たちがここで襲われたらしいのです。頭を殴られてから転落させられたと」
「そんな。殴られて亡くなったなんて」
ディアナ様にお馬の話を伝えると、目に涙を溜めて抱きしめてくれる。
ふたりで泣きながら、絶対に真相を暴いてお父様の無念を晴らそうと話した。
本当は客車が転落した崖下で遺物を探したかったけど、傾斜が急すぎてとてもここからは下りられない。
山のふもとから谷沿いに歩いてこないと、谷底へはたどり着けないだろう。
何でもいい。
少しでも手がかりが欲しい。
ディアナ様を道に残して、賊が潜んでいたという上り斜面へ分け入る。
賊がいたなら痕跡くらい見つかるかもと考えたが、いくら探しても何も発見できなかった。
でも、こんなに草木がしっかり根を張っているのに落石が起こるかしら。
やはりお馬の言う通り、乗り上げた石は賊が置いたような気がするわ。
諦めて道に戻ると、馬車の後ろに土から斜めに出た棒のようなものを見つけた。
枝ではない。
真っすぐで人工的だ。
急いで掘り起こすとなんとペンだった。
外出のときにいつも持参していたお父様愛用のペンが落ちていた。
「間違いない。お父様のペンです。ああ、お父様」
「良かったですね、シャルロッテ様」
ひとつだけ遺品が見つかって、ディアナ様が一緒に喜んでくださった。
きっとお父様は忙しくて、揺れる馬車の中でも仕事をされていたんだ。
それで客車を谷へ落とされたとき、投げ出されたペンがここに落ちて回収されなかったのだろう。
ペンを握るとなんとなくお父様が近くに感じられた。
「これだけでも回収できて良かったです。そろそろ戻りましょうか」
ディアナ様に声をかけて、曲がり角の先にいる御者に手で合図したときだった。
『……シャルロッテ』
『だ、誰ですか?』
「え? シャルロッテ様、どうしました?」
誰かに話しかけられた気がした。
でも周りを見回しても誰もいない。
い、いまの声は一体……。
通訳魔法の効果が僅かに残っていたけどお馬の声ではなかった。
「ごめんなさい。気のせいみたいです」
お父様のペンを見つけられたのが嬉しくて、あまり気にせず馬車へ乗り込んだ。
お馬の話は多分本当。
あの顔の傷痕だって刃物傷に違いないと思う。
馬装と一緒に切られたという説明も納得できるわ。
だって普通は人がお馬の顔に傷をつける理由なんてないから。
でもなぜ切られたの?
客車から引き離すにしても丁寧にすれば馬装は外れるのに。
わざわざ刃物で切ったのは……きっと急いでいたんだ。
お馬が暴れて馬装が外れなくてそれで切った、それならお馬が話した通りだわ。
それに乗り上げたと報告された石だって落石とは思えない。
登り斜面には大きな石がなかったのだから。
考えれば考えるほどに不自然でお馬の話はつじつまが合っていて。
「シャルロッテ様?」
「え、あ、ごめんなさい」
ディアナ様に呼ばれて我に返る。
殺害現場で得られた情報が貴重で、ホテルに向かう客車で考え込んでしまった。




