その二十五
翌日。
わたくしとディアナ様はホテルで朝食をすませてから乗馬服とブーツに着替える。
現場散策がしやすいように乗馬服を準備してきたのだ。
「シャルロッテ様はパンツスタイルも素敵です。金色の髪がよく映えて」
「ディアナ様は何を着ても明るく華やかで魅力的ですね」
ふたりとも乗馬なんてしないので、初めて着る乗馬服が新鮮ではしゃいでしまった。
でもすぐに事故現場へは行かない。
まずは、ユーリアスお義兄様と査察官のみなさまをウォルタナ領主の屋敷へお連れする。
事故現場に行くのはそれからだ。
馬車で首都街の外れへ向かい、馬車に乗ったまま大きな門を通って広大な庭に入る。
庭は以前と変わらずに手入れがされていて、道から見える開けた花畑にはピンクのダリアが咲き誇っていた。
わたくしは小さな花弁が密集したこの可愛らしい花が大好きで、以前に頼んでたくさん植えてもらったのだ。
馬車が屋敷の前に停車する。
我が家に帰った気がして、まだ自分の家の感覚が抜けずに少し複雑な気分になった。
できればこの屋敷の住人として、お義兄様を中へご案内したかったな。
馬車から降りて屋敷を前にすると、いろんな思いが込み上げてきた。
生まれ育った家が他人の管理下にあるのは、何とも言えない喪失感がある。
しかも屋敷の主は王都のタウンハウスに住んでいて、使用人たちしかいない。
自分たちが住まないのでしたら、わたくしとお母様を追い出さなくてもいいのに……。
複雑な想いが顔に出ないように努めて玄関前でノッカーを叩くと、正面ドアから使用人が出てきた。
「この屋敷をウォルタナ辺境伯の屋敷と知っての訪問ですか? 事前連絡なしの来客は受けていません。お引き取り下さい」
立派な服を着た使用人でずいぶんと感じが悪い。
わたくしが追い出されてから雇われた人だ。
「王国財務庁です。こちらが陛下署名の査察許可証です」
「え、財務庁の査察? ちょっと、そんな連絡もらってませんよ!」
当たり前だ。
財務庁の査察があると事前通知したら不正証拠を隠蔽されてしまう。
査察許可証を見た使用人は一瞬で顔が青くなった。
この反応だと、我がウォルタナで不正が見つかるかもしれない。
「困ったな。お嬢様になんて報告するか」
どうやらこの人は叔父様の代わりに領主代行を務める代官のようす。
というかサンドラ様の代わりかな。
領地運営は難しい。
豊かなウォルタナにも貧富の差はあるし、隣国との関係だってこちらの都合だけ主張しては交渉にならない。
どうしても妥協する部分はある。
けれど、それと犯罪は全くの別。
わたくしとお父様は不正などないクリーンな治政に徹したけど、叔父様に不正があるなら処罰されるべきだ。
ヘンリー様がブンブンと手を振る。
「じゃあね、シャルロッテちゃん。ディアナちゃんもまた後で!」
するとユーリアスお義兄様がすっとわたくしへ近づいて耳打ちする。
「山道に行くなら気をつけて」
「はい、お義兄様」
彼が別れ際に笑顔を向けてくれたので、少し元気を取り戻せた。
みんなが屋敷に入っていくのを見届けて一息つく。
「……ふう。さてディアナ様。事故現場へ向かいましょうか」
「あの、事故現場ってどこなのか正確にご存じです? 山道って言っても距離は長いでしょうし。誰か当時のことが分かる人に聞かないと」
確かにわたくしは事故現場へ行ったことがない。
鉱山へ行き来するための山道としか聞いておらず、山道のどの地点で事故にあったのかは当時の関係者に聞かないと分からない。
「事故のとき、現場にいたそうなので聞いてみましょう」
「生き残りがいるんですか?」
「うふふ。ほら、ココに」
額の傷を触らないように客車に繋がれたお馬を撫でると「あ、そうでしたね」とディアナ様がうなずいた。
場所をお馬から聞き出すために通訳魔法を使う。
辺りにピンクの輝きが広がった。
『これから、事故現場に行きたいのですが、正確な場所を覚えています?』
『大丈夫です。私がご案内します』
『現場でもう一度、当時の状況説明をお願いしますね』
『お任せください、お嬢様』
御者に「行先はお馬が知っているそうなので、お馬の好きなように客車を引かせて」とお願いすると、もの凄く変な顔をされた。
ディアナ様も目を丸くしている。
「シャルロッテ様って馬語が話せるのですね」
「え? 馬語? ……あ、あの、先ほどのお馬との会話ってどういう風に聞こえました?」
「シャルロッテ様がお馬のようにヒヒーンと言ってましたよ」
「ヒヒーン? ま、まさかそれ、わたくしが言ったのですか⁉ まるでお馬みたいですね……。で、ではお馬の声は?」
「お馬ですもの。ヒヒン、ブルンですわ」
「……そうですか。……そうなのですね」
この通訳魔法は、わたくしだけ外国の言葉が自分の国の言葉に変換されて聞こえる。
そしてわたくしが話すと、相手の言葉に変換されて発せられる。
他人からは単純に多言語マスターのように見える。
話せるのは通訳魔法のお陰。
でも他人からは賢く見えるだけなので、これまで気にせず使ってきた。
だけど、動物相手でも同じ状況になるらしい。
お馬と話すと、他人からはわたくしが馬語を話すように聞こえてしまうのだ。
もうお義兄様ったら!
あのときに教えてくださればいいのに!
貴族令嬢がすました顔で「ヒヒン、ブルン」と会話したら御者だって変な顔をする。
むしろ、お義兄様やディアナ様の反応が優しすぎるのだ。
これは恥ずかしい。
馬語を話す自分の姿を想像して顔がものすごく熱くなる。
もう人前では絶対に動物と話さない、そう心に決めた。




