その二十三
週明けの朝、いよいよウォルタナへ出発となった。
馬車に乗るときに家族が見送ってくれる。
「お母様、行ってまいります」
「シャルロッテ、気をつけてね」
「ユーリアス、シャルロッテを頼んだぞ」
「ええ、兄上」
「納税違反じゃ弱い。何かを見つけるんだ」
「父上、承知しました」
一旦馬車で王城まで行き、税務調査の査察官やほかの騎士様と王城で合流する。
そこでユーリアスお義兄様が騎馬に乗り換えた。
お義兄様が騎馬で先頭を進み、査察官たち税金調査の官僚が乗った馬車が追う。
さらに後ろをわたくしの馬車がついて行く。
最後に、お義兄様の後輩のヘンリー・ペロン様が騎馬でしんがりを進む。
出張する査察官の人数はなんと四人。
それだけでこの国におけるウォルタナの重要性が分かるし、護衛に騎士をふたりもつけるのも異例と言えるだろう。
馬車で片道二週間の長旅だ。
わたくしが査察官に同行する表向きの理由は、数か月前までウォルタナに住んでいたお義兄様の妹として、ウォルタナ領内を案内するというもの。
だけど本当の目的は、亡くなったお父様の事故現場をこの目で確認すること。
お父様の死因が馬車の事故ではなく、賊による殺人だというお馬の説明を現地で確認したい。
いま客車を引くこのお馬が、本当に当時も客車を引いていたのなら、そのときの状況を説明してもらえる。
それに、事故じゃないなら何か手がかりが残っているかもしれない。
だから現地で別行動できるように、わたくし用の馬車を出したのだ。
そしてこの馬車には、なんとディアナ様も乗っている。
「少しでもシャルロッテ様のお力になりたいです」
「嬉しいですけど、本当の目的は違いますよね?」
「……隣の実家の領地に帰省できればいいなと」
「査察官に素敵な人がいるとおっしゃっていましたよね?」
わたくしが意地悪して突っ込むと、ディアナ様がえへへと舌をだす。
いかにもディアナ様らしいおとぼけ顔に吹き出してしまう。
馬車の中が笑いで包まれた。
ディアナ様、ご一緒できて本当にありがたいです。
あのサンドラ様のパーティは、お馬と会話してからバーナント家の御者を見つけてお義兄様とすぐに帰った。
でもディアナ様にご心配をおかけしたままだったのがずっと気がかりで。
後日、菓子折りを持って彼女を訪問した。
そのときお馬の話を彼女にして、査察メンバーを護衛するお義兄様とウォルタナへ行くと伝えたら、一緒に行くと言い出したのだ。
私事なので悪いと断ったが、少しでも力になりたいと言ってくれて、最初はなんて素敵な友人だろうと涙が出た。
でも、なんとなく様子が変なので問いただすと、前に教えてくれた格好いい査察官が目当てだと白状した。
頬を染めてお願いする彼女があまりに可愛すぎて断れず。
で、こうしていま一緒の馬車に乗っている。
◇
馬車は二週間かけてようやくウォルタナ領へ入った。
街道から徐々に増えていく家々。
夏を前に実りを迎えた小麦が辺り一面を覆いつくして、揺れる穂がまるで金色の絨毯を思わせる。
もう少し進めばさらに家が増えて農村地帯が終わり、舗装された道と活気のある街並みが見えてくるだろう。
数か月離れただけなのにとても懐かしく感じる。
ウォルタナは広大で首都街はまだ遠い。
到着までの数時間はディアナ様と景色を見ながら思い出話をしてなつかしさに浸った。
数時間後にようやく首都街に入ったので、わたくしの馬車を隊列の先頭に変える。
ユーリアスお義兄様とその後輩のペロン様、査察官たちを首都のメイン通りへ案内するためだ。
ウォルタナに良い印象を持って欲しくて、活気のある場所を通ったけど、以前はいなかったガラの悪い連中がうろつくのを見かけた。
嫌な予感がしながらも、事前に予約していた貴族向けのホテルへチェックインする。
続けてすぐ、馬車でみなさまを街の高級レストランへ案内した。
このレストランは貴族や高級商人御用達の店で、雰囲気や接客はもちろん料理のレベルも高い。
客層もちゃんとしているし、外で見かけた粗野な輩とは無縁なはずだ。
不安を感じるわたくしをよそに、お義兄様は楽しそうに白い歯を見せた。
「ウォルタナの首都は活気があっていい」
「でも、本当はもっと治安がいいのです」
半年と経たずに様子が変わった気がする。
一体何があったのだろう。
わたくしはワザとディアナ様から離れて、お義兄様とふたりでテーブルに着く。
ディアナ様が目当ての査察官と座れるようにだ。
ところが、お義兄様の部下のペロン様がディアナ様と同じテーブルに着こうとした。
お義兄様が気を利かせて、こちらのテーブルへ彼を呼ぶ。
「え、なんで呼ぶんすか? ああ、なるほど! 先輩、優しいっすね」
「分かってくれたか」
するとこちらのテーブルについたペロン様が、なぜかわたくしに向かってウインクした。
「お兄さん公認だって! よろしくね、シャルロッテちゃん!」
「え? あ、はい。ペロン様、どうぞよろしくお願いします」
「ヘンリーって呼んでよ」
馴れ馴れしいヘンリー様に違和感を覚えたけど、いまはディアナ様を応援しなければ。
ディアナ様へ「頑張って」とウインクすると、気合いを入れた表情でうなずき返してくれた。
彼女のテーブルにはお目当てのイケメン査察官がいるのだ。
意を決したディアナ様が口を開く。
「あ、あの、今回は何の調査をするのですか?」
「すみません、レディ。機密なので言えないのです。レディはなぜウォルタナへ?」
予期せぬ質問だったのか、彼女の目が泳いでいる。
彼女の真の目的は、目の前のイケメン査察官と仲良くなるため。
でもそんなこと言える訳がない。
次にディアナ様はわたくしの顔を見たけど、お馬の証言を確認しに事故現場へ行くなんて絶対に言わない方がいい。
頭の痛い子だと思われてしまう。
わたくしが首を横に振るとディアナ様は困ってしまった。
「わ、私も機密ですの!」
「あはは。楽しい人ですね」
ディアナ様が目当ての彼とうまく話せているようでホッとした。
平気そうなので、お義兄様とヘンリー様と仲良く食事を始めたのだけど……。
急に場違いな人たちが大勢入店してきた。
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