その二十一
サンドラ様のパーティから五日後、ウォルタナへの出発準備が整ったときに事件は起こった。
部屋を訪れたユーリアスお義兄様の表情が固い。
いつも見せてくださる優しい微笑みはなく、何かよくない話だと分かった。
「私に対して婚約の申し入れがあった」
「そ、そうですか」
お義兄様はモテる。
幼いころから婚約の申し入れがたびたびあるらしい。
彼への気持ちを自覚したので当然相手が気になる。
家族だから相手が誰か聞いてもおかしくはない。
けど聞くのを自制する。
バーナント家としてどう答えるか、当人の感情とは別の判断が働くだろうし、相手が誰かを知ってもわたくしにはどうすることもできないから。
それでも、断って欲しいと願ってしまう。
好きな人が別の女性と一緒になるのは、やはり嫌だもの。
「わざわざ話したのは、シャルロッテに関係があるからだ」
「婚約を希望する女性とわたくしに関係があるのですか?」
王都でわたくしの友人と言えば、ディアナ様しかいない。
以前はわたくしとお義兄様の関係を応援すると言ってくれたけど、気が変わったのだろうか。
でもディアナ様なら、ユーリアスお義兄様と一緒になるとしてもちゃんと祝福できる。
そしてこの恋を終わりにできる。
そう思ったのに相手はディアナ様ではなかった。
「申し入れは、サンドラ・ウォルタナ様なんだ」
「ええ! そんな……本当ですか?」
なんとサンドラ様から、ユーリアスお義兄様への婚約の申し入れがあったというのだ。
政略婚があたりまえの貴族であっても、まったく当事者の気持ちが関係ない訳ではない。
ユーリアスお義兄様はわたくしを好きだと言ってくださった。
当然この縁談など興味はないと思う。
「困ったことに、サンドラ・ウォルタナ様は鉄鉱石の供給を続けることを条件に、婚約を申し入れてきた」
「これまで懇意にしていたのに、急に引き換え条件で従わせようとするなんて!」
亡くなったお父様がバーナント家と懇意にしていたのは、なにも親戚だからというだけではない。鉄鉱石を通じた事業の関係があったからだ。
バーナント領の主な産業は金属製品の製造。
特に鉄を用いた剣や槍、矢じりなどの武器製造が盛んだ。
その鉄の供給はウォルタナ領がしている。
ウォルタナ領で産出した鉄鉱石をバーナント領へ川船で運び、バーナント領で製鉄して鉄製品に加工するという事業スタイルができあがっている。
ウォルタナ家とバーナント家は、互いの事業を支え合う関係なのだ。
だがサンドラ様は、互いを信頼して支え合うこの事業スタイルをたてに取った。
「しかも彼女は、鉄鉱石を供給先がほかにもあると、有力貴族をちらつかせてきた」
「それでは婚約を断れないではないですか!」
不安定な事業提携を確かなものにするため、親族としての結びつきを強化したいという考えなら分かる。
でもすでに強固な関係が構築されている。
なのに、わざわざ事業を人質にして婚約を要求しているのだ。
利益のために結婚を決める貴族本来のやり方とはあべこべ。
パーティでサンドラ様が見せたアプローチから、ユーリアスお義兄様への執着が相当なものだと分かる。
おそらく彼女が絵図を書き、いいなりの叔父様が従ったのだろう。
お義兄様も感情だけで断ることはできない。
貴族の子息である以上、結婚は家の繁栄を第一に考えるのが当然だからだ。
お義兄様はうつむいてわたくしから目をそらす。
「それでバーナント家としては婚約を受けざるを得ないだろうと……」
「……それは、仕方がないことです……」
いまのお父様のバーナント卿と事業を補佐するスチュアートお義兄様、それとユーリアスお義兄様の三人で、すでに話し合ったらしい。
金属加工が産業の大半を占めるバーナント領において、材料の供給は生命線ともいえる。
目的が婚約そのものである以上、別の取り引きを持ちかけてサンドラ様との縁談を回避するのは難しそうだ。
この縁談はどうにも避けられそうにない。
バーナント卿はお義兄様とわたくしの想いを承知しており、せめてもの配慮で婚約を一カ月後にしてくださったそうだ。
お義兄様は険しい表情のまま、絞り出すようにつぶやく。
「どうか、私の本意ではないということを信じて欲しい」
「お義兄様はわたくしに直接話してくださいました。もうそれだけで十分伝わりましたから」
「私は最後まで諦めない。査察官の護衛でウォルタナへ行けることになったから、そこでウォルタナ卿に条件を撤回させる糸口を見つける」
決意を込めたユーリアスお義兄様の言葉に作り笑いを返して、名残惜しそうに退室する彼の後ろ姿を見送った。
部屋に自分ひとりになってから、ベッドに腰かけて目をつむる。
理想の展開を期待してはいけないわ。
もし期待して駄目だと、立ち直れなくなりますから。
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