その二十
お義兄様が目を見て頷いたので、わたくしはもう一度、通訳魔法を使った。
お馬と話ができるなんて胸が躍る。
でも何よりさっきこのお馬が言ったことが気になった。
『お馬さん、ごめんなさい。お話を中断して』
『ああ、シャルロッテ様。魔法を解除されたので、もうお話できないかと焦りました』
『あなたの顔の大きな傷跡を覚えています』
『はい。ウォルタナからのお引っ越しも、私がお手伝いさせていただきました』
間違いない。
このお馬はお母様とウォルタナ領を出る際に小さな馬車を引いてくれたお馬だ。
あの後そのままバーナント家に引き取られて、今日はわたくしたちの客車を引いてくれているのだ。
お馬は賢い動物のようで、繰り返し使われるシャルロッテという言葉がわたくしの名前だというのを認識してくれていた。
『それで大事なお話ってなんですか?』
『実は私、故郷のウォルタナでは旦那様の客車を引いてお仕えしていたのです。言葉が通じるので、やっとお嬢様に真実をお伝えできます』
『真実?』
『旦那様が亡くなったとき、その客車は私が引いていました』
『確かあなたが馬車の事故を知らせに屋敷へ戻ってくれたのですよね。顔の傷から血を流しながら。客車が谷へ転落する大事故でしたのによくぞ無事でした』
『事故ではありません。無事だったのは、私だけ殺されなかったからです』
『え? 殺されなかった? お父様と御者が亡くなったのは、客車が横転して谷へ落ちたからですよ』
『それが違うのです。旦那様は山道で賊の襲撃を受けて殺されたのです』
『ちょっと何を言っているのです? お父様が襲われたですって……?』
『旦那様は賊の攻撃を受けて動けなくなってから、客車ごとムリヤリ谷へ落とされたのです』
『な、何ですって⁉』
お馬が言うのが本当ならば、お父様は事故死ではなく殺害されたことになる。
当時は荷物や装飾品がそのままだったので、最初から単なる事故だと判断された。
賊が貴族を殺害して金品を奪わないのは、普通では考えられないからだ。
だけどもし本当に賊が貴族を襲ったなら、そして、物を取らずに事故に見せかけたとしたら、それは殺人こそが目的。
誰かが賊を雇い、殺人をさせた可能性が高い。
「ユーリアスお義兄様、実は……」
慌ててお義兄様に説明すると彼の表情が変わる。
「何だと?」
「わたくしは真実を確認するために、このお馬とウォルタナ領へ行きたいです」
この殺人で得をするのは、叔父様とサンドラ様たちしかいない。
お馬と一緒に事故現場へ行って真相を究明せねば。
「ならば私も行こう」
「でも、お義兄様には騎士のお仕事があります」
「ちょうど税金調査の査察官たちが、近々ウォルタナ領に行くらしい。その護衛に立候補するから、一緒にウォルタナ領へ向かおう」
ヘルメア公国から我がグランデ王国へ輸入される物資が、例年よりも圧倒的に少ないと報告されているらしい。
実際の量に対して少な目に国へ報告して、関税の総額を過少申告している疑いがある。
急遽調査が必要になったそうだ。
ウォルタナの領地経営に、怪しいところが見え隠れしている。
だけど何より、お父様の死因が事故ではない可能性がでてきた。
お馬の言うことをすべて鵜呑みにはできないけど、殺人事件だと考えられなくもない。
現地に行って自分の目で確かめなくては。
「お義兄様がご一緒なら心強いです」
「今日のこともある。危険がないように私がシャルロッテを守りたい。絶対に」
決意が言葉ににじんでいた。
そして打ち明けられる。
「私が騎士になったのは君のためなんだ」
「わたくしの?」
彼の告白に胸の奥から熱い感情が込み上げる。
愛しい彼はすっと目の前にひざまずき――。
そして手にキスをしてくれた。
「迷子になったあの日に誓った。シャルロッテを守れる男になると。王族の護衛などは誰かに代わってもらえばいい。だが君を守ることは誰にも譲れない」
お義兄様は騎士団所属なのにとんでもないことをおっしゃる。
王族の護衛よりわたくしが優先だなんて。
嬉しいけど、でも愛情だけじゃないと思う。
ウォルタナ辺境伯を叔父様に叙爵したのも第二王子のポイント争いであり、次期国王の後継争いに端を発している。
忠誠対象と距離が近すぎると、よくない部分が見えるのかもしれない。
それこそ護衛騎士を続けたくなくなるようなこととか。
お義兄様の肩に体を寄せながら、お馬へ手を伸ばす。
傷跡を触らないようにそっとお馬の顔を撫でた。
辺境伯のさん奪はなぜ起こったのか。
お父様が亡くなった事故の真相を知りたい。
もし本当にお父様が殺されたのなら、絶対にお父様の仇を捕まえてやりたい!
真実を明らかにできれば心の曇りが晴れて前向きに歩ける、そんな気がした。
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