その十八
それにしても都合よく好きな人が助けに来てくれるなんて、運がいいとかの話ではない。
「あの、ここにわたくしがいるってなぜ分かったのです?」
「ディアナ様がシャルロッテを心配していたんだ。それで使用人から馬車待機所へ向かう令嬢がいたと聞いて、捜索の途中でペンダントの光に気づいた」
「お義兄様のくださったペンダントのお陰ですね」
ユーリアスお義兄様は、わたくしを優しく腕で包んで落ち着かせてくれた。
しばらくしてから、お義兄様が地面に転がる暴漢たちの尋問を始める。
暴漢は金で雇われて、金髪で紫の瞳の女性を襲うように指示されたという。
末端なので雇い主の正体を知らなかったが、ウォルタナ家主催のパーティ当日に屋敷の周りをうろついていたということは、ウォルタナ家に雇われた可能性が高い。
ならばこの屋敷の使用人に彼らを突き出しても、事件にされない可能性がある。
「すまないが、こいつらはあえて突き出さない方がいいと思う」
「はい。何もなかったのに、あったように嘘の噂を広められては困りますものね」
暴漢を街の詰め所へ突き出して事件にするのは、得策ではないだろう。
ウォルタナ家の黒幕が、わたくしを暴漢に襲われた傷物令嬢だとして、嘘の噂を広めるかもしれない。
ユーリアスお義兄様が暴漢ふたりにささやく。
「お前らを衛兵に突き出すのはやめる」
「へっ、俺らを突き出しちゃ、ご令嬢が傷物扱いだもんな」
「ならさっさと開放しやがれ」
彼は調子にのった暴漢に一瞥をくれる。
「代わりに、二度と彼女へ手を出す気が起きないようにしてやる」
一層低い声でつぶやいてから、ふたりの両腕をへし折った。
うめき声を上げてのたうち回る暴漢。
お義兄様は彼らを放置して、わたくしの手を引き灯りのある馬車待機所へ移動する。
停められた馬車と馬車の合間へ入ったとたん、抱きしめられた。
「怖い思いをさせてすまなかった」
「怖かったです。でもお義兄様が来てくれました」
「君を守ると誓ったのに」
「ちゃんと守ってくださいました」
そのまま、いつも以上に優しい言葉をかけてくれて、何度も何度も頭を撫でられる。
ペンダントの光が羽織った白い上着の胸辺りから漏れ出て、わたくしとお義兄様の顔をほんのりと照らした。
至近にはお義兄様の銀髪と端正な顔が見える。
優しい光で照らされて、とても美しい。
「私はシャルロッテが悲しむ過去の出来事についても力になりたい」
「でもそれは、自分で乗り越えなくてはいけないことです」
「危険から守るのはもちろんだが、何より精神的に君を支えたい」
「精神的な支え……ですか?」
「悩みを相談してもらえる存在になりたい。だから、君に甘えてもらえる存在、恋人になれたら嬉しい」
ユーリアスお義兄様が優しい表情のまま、真っすぐにわたくしを見つめた。
水色の美しい瞳からは、確かに愛が伝わってくるのを感じた。
それでも彼の言葉がにわかに信じられなくて、思わず自分の口から繰り返す。
「恋……人?」
「私はシャルロッテが好きだ。……君は?」
お義兄様はハッキリ気持ちを告げてから、わたくしの顔色を伺う。
「もし想いが一緒なら、ぜひ恋人になりたい」
大好きな人から告白された。
特別な関係に憧れても、望んではいけないと思っていた。
恋人とは相愛の関係を表す言葉で、それを大好きな人からいま言われたのだ。
わたくしを「好き」だと。
恋人になりたいと。
「お義兄様!」
ついに自制心は崩壊した。
すっかり気を許し惹かれていた想い人に身も心も救われて、隠していた感情が表にでる。
傷ついて感情がぐちゃぐちゃになり、自分の心が行方不明の中、暴漢に襲われて混乱したのは事実。
でも、彼を愛する気持ちは勘違いでも気の迷いでもなく、ずっと想い続けていた確かなもの。
そんな相手から好きだと言われたのだ。
相愛なら恋人になろうと言われたのだ。
押しとどめていた彼への想いが堰を切ったように溢れた。
「わたくしも……お義兄様が好きです」
彼を欲した。
優しく抱きしめられて、お義兄様の腰に添えていた腕を自分から彼の背中へ回す。
強く抱きしめた。
それから腕を離すと、今度は顔を上げてお義兄様を見つめる。
彼からも見つめられてお互いの視線が絡み合っていく、そして……。
彼からのキス。
わたくしは目をつむり素直に受け入れる。
ユーリアスお義兄様は優しく丁寧にキスをしてから「すまない」と謝った。
「私は君のことが好きだ。惚れている。だけど涙につけ込んだ。弱っているのが分かっていて卑怯な真似をした」
「違います。ひとときの感情ではないのです。ただ慰めて欲しかったのではありません」
「いままで君は慎重だった。決して自分から一歩を踏み出さなかった」
「ごめんなさい。とっくにあなたに惹かれていました。でも、兄だから兄妹だからと自制していました」
「私のほうこそ、君の考えも知らずに困らせた」
「わたくしたちの気持ちは通じています。でも私たちは貴族だから、家の繁栄を考えて相手を選ぶべき。心だけに流されてはいけないと思うのです」
ユーリアスお義兄様もそのことは分かっているのか、やるせなさそうに目をつむる。
「そうか。それはそうだが……」
「でもいまは、いまこの場だけはわたくしの心を支えてくださいませ!」
わたくしがそう訴えると、彼は嬉しくなるくらいギュッと抱きしめてくれた。




