その十七
わたくしは少しもパーティ会場に居たくなくて会場を飛び出す。
もう……帰りたい。
ロビーへ出たところで声をかけられる。
「シャルロッテ様、大丈夫ですか? 私も一緒にいます」
ディアナ様が伊達眼鏡を拾って追いかけて来てくださった。
「眼鏡、ありがとうございます。でも、いまはひとりにさせていただけますか」
心配してくださるディアナ様に、ひとりでいたいと謝罪して別れた。
玄関ロビーへ向かって歩きながら手袋をした右手で眼鏡をぎゅっと握る。
サンドラ様のパーティになんてくるんじゃなかったと下を向いた。
すぐにでも帰りたい気持ちが強かったが、まだここへ来て一時間も経っていない。
一緒に来たユーリアスお義兄様は、別の場所で騎士団の上官と話をしている。
自分の我がままで、社交中のお義兄様を帰らせる訳にもいかない。
誰かと顔を合わすことも、気を遣われることも避けたくて、馬車の中でひとり時間をつぶそうと思った。
玄関前で降りた馬車は、御者が馬車待機所へ移動させているだろう。
ロビーの案内人に大切な忘れ物をしたから自分で取りに行くと告げて、馬車待機所の場所を聞く。
玄関を出ると辺りはすでに薄暗かった。
馬車待機所の方向にひと気はなく、馬車がたまに通るだけ。
とぼとぼ歩くうちに悲しみが込み上げてきて、こらえ切れずとうとう涙が零れた。
夕闇の物悲しい雰囲気もあって、我慢していた想いが一気に溢れる。
泣いているのを誰にも見られたくない。
早く客車の中に逃げ込みたくて、急いで馬車が並ぶ場所へ到着したときだった。
急に両側から腕を掴まれたのだ。
「え⁉ ちょっとっ」
わたくしはちっとも周りが見えていなくて、気づいたら両側を男に挟まれていた。
男たちはきちんとした身なりだが、貴族ではなく使用人のように見える。
そのまま両腕をふたりの男に掴まれて、力ずくで近くの建物の裏へと連れていかれた。
助けを呼ばなければ!
体が緊張して声が詰まってでない。
「た、たすけ……ユーリアスお義兄様、助けて」
なんとか小さく声をあげたが、すぐに口布を当てられて頭の後ろで結ばれ、声が出せなくなった。
手首を強く握られて自由が奪われる。
そのまま、ふたりがかりで壁へ押さえつけられて、ドレスの胸元が破かれた。
これ以上破かれると胸を見られてしまう。
「んん! ん゛ー!」
胸を見られないように必死に抵抗していたけど、実はそれどころじゃないのに気づく。
「ちっ! パーティドレスのスカートってなんでこうゴテゴテしていやがる」
「着たままヤルのが想定されてねえな」
こ、このままでは傷物にされてしまう。
いや乱暴されるだけではすまず、生きて解放されるかも分からない。
助けて、助けてください……お義兄様、助けてください!
必死に抵抗していたら破かれた胸元に光るペンダントが見えた。
このペンダントは防犯にもなる、そうお兄様は言っていた。
危険なときは魔力を強く送ればいいと。
わたくしは体を触る手に抵抗しながらも、胸元のペンダントへ思いっ切り魔力を送る。
すると鉱石が強く反応して、瞳の色と同じ薄紫のまばゆい光を発した。
一帯がピンクに近い薄紫に煌々と輝く。
建物裏の暗闇が昼間のように明るく照らされた。
「な、なんだこれは? 眩しい!」
「魔法か⁉ まずい、目立ち過ぎだ! おい、光らせるな!」
驚いた男たちがわたくしの胸元からペンダントを見つけた。
必死に手で包んで光が漏れないようにしている。
しかし、手で包んでも不思議と光の強さは変わらず、強い光が漏れ出た。
直後、ザッザッと誰かが駆けつける足音が聞こえて、白い騎士の制服が見えた。
「貴様ら、何をしている!」
怒気を含んだ声が響き渡る。
来てくれた!
助けに来てくれました!
すぐに抵抗をやめる。
声の主が待ち望んだ愛する人だったから。
ユーリアスお義兄様!
感激するわたくしをよそに、低い打撃音が響く。
手首を掴む手が離れて、壁へ押さえつけられていた体が自由になる。
気づけば足元に暴漢ふたりが転がってうめいていた。
口に当てられた布を解いて、咳をしながらお義兄様の方へ向き直る。
が、急にガクンと体中の力が抜けた。
助けられたことで緊張が緩んで倒れそうになる。
それをユーリアスお義兄様が抱き留めてくれた。
ほっとしてそのまま寄りかかる。
「ああ、シャルロッテ! こんな酷いことになるなんて!」
「けほ、ごほっ。お、お義兄様」
「怪我はないか? どこか、痛むところはないか?」
「手首を強く掴まれて少し痛いです」
「診せてくれ」
心配したお義兄様は、赤くなった手首を確認して小さく震える。
わたくしは心配させまいと焦った。
「アザではなく掴まれた痕ですから。どうか、あまり心配なさらないで」
「でも念のため、帰ったら医者に診てもらおう」
ユーリアスお義兄様は、無残に引き裂かれたわたくしの胸元が隠れるように、騎士団の白い上着を着せてくださった。
「上からこれを着るといい。魔力のある糸が編み込まれているからペンダントの光が弱まる」
暴漢の手ではさえぎれなかったペンダントの光が、騎士団の上着に隠れるとかなり弱まる。
白い上着の前ボタンを留めると、お義兄様のぬくもりが感じられた。
「暖かいです」
とても落ち着く。
残ったぬくもりが嬉しくて。




