その十五
「ユーリアス様。誕生パーティなので、私のダンスをみなさまに披露したいです」
サンドラ様が早く誘ってと言わんばかりのアプローチで詰め寄り、彼はどうしようかとわたくしへ視線を送ってくる。
ダンスはエスコート相手を最初に誘うのが礼儀。
お義兄様の場合なら、まずわたくしを誘ってから別の女性を誘うのがマナーだ。
それで彼は気持ちを確認してくれている。
ここでお義兄様へ微笑めば、彼がわたくしにダンスを申し込んでくれて最初に踊ることができるのだが。
でもこの曲のダンスは難度が高過ぎる。
運動音痴でステップの苦手なわたくしにはとても踊れない。
もし無理すればサンドラ様や大勢の前で失敗して大恥をかくだろう。
泣く泣くダンスを諦めてお義兄様から顔を逸らした。
そんなわたくしにサンドラ様が声を荒げる。
「ねえ。ユーリアス様と踊らないならハッキリそう言って欲しいわ。それとも踊るの?」
「い、いえ……踊りません」
いくら伊達眼鏡で心を強くできても運動能力ばかりはどうしようもない。
わたくしの返事を受けて、サンドラ様がお義兄様へ近寄る。
「彼女踊らないそうですよ。でも、私はこの曲が得意ですわ。ユーリアス様は私の誕生日、祝ってくださいますよね?」
ユーリアスお義兄様は少し寂しそうにしながらもサンドラ様へ手を差し出す。
「ではサンドラ・ウォルタナ様。私と踊っていただけますか?」
「まあ、ユーリアス様からお誘いなんて嬉しいですわ」
彼女は声を弾ませてお義兄様の手を取ると、軽やかなステップで会場の中央へ移動した。
途端に演奏が中断する。
そしてすぐに演奏が再開するが、なんと最初のダンスに相応しい優しいステップの演奏曲に変わったのだ。
……そんな。
この曲ならなんとかわたくしにも踊れましたのに。
呆然とするわたくしをよそに、ふたりは会場の中央で軽やかに踊る。
せっかくお義兄様とダンスできるチャンスだったのに不意にしてしまった。
もしわたくしが最初の難しい曲に対応できたならお義兄様と踊れたのに。
選曲をサンドラ様に仕組まれたとしても、ダンスから逃げて練習を怠ったのは自分。
ただただ寂しい気持ちでふたりのダンスをみつめる。
その間、これまで感じたことがないほど苦痛な時間がゆっくりと流れた。
永遠にも感じた長い演奏が終わって、ようやくふたりが戻ってくる。
「大変素敵なリードでしたわ」
「こちらこそ。ウォルタナ様はダンスがお上手ですね」
サンドラ様のステップは多少ぎこちなくて最近覚えたというのは分かるが、それをお義兄様が上手くリードしていた。
次こそはわたくしもお義兄様とダンスをしたい。
そう思った矢先、次の演奏がまた最初と同じ難しいステップの曲になる。
いくらお義兄様が上手にリードしてくれたとしても、わたくしが全然踊れなくてはリードのしようがないだろう。
彼が気遣って視線をくれるけど、またそっと顔を逸らす。
運動音痴をいい訳にして、ダンスの練習から逃げ続けたわたくしが悪いのです……。
自分が情けない。
悔しくて悲しくて深く落ち込んだ。
そうこうしているうちに、ユーリアスお義兄様がこの場からそっと離れる。
向かう先を見ると、お義兄様の上官とおぼしき白い騎士の制服を着た年配者が見えた。
離れた場所から彼を手招きしている。
あ、ああ、お義兄様……。
彼は遠くからこちらへ優しい視線をくれると、ほかの出席者に隠れて見えなくなった。
お義兄様が場を離れた途端、サンドラ様がわたくしに向かって意地の悪い笑みを浮かべる。
「半年前に領地を手に入れたんですけど、問題が多くて父と頭を痛めているわ」
サンドラ様が唐突に領地の話を始めた。
あの日、領民たちとお別れもできずに追い出されて、ウォルタナのことがずっと気になっている。
なので領地に問題が多いと聞いて心配になった。
「問題って何か起こっているのですか?」
「せっかく王国を支える鉄鉱山や肥沃な大地があるのに、領民が怠けて困ってるのよ」
「彼らが怠けているのですか?」
「代官の報告だと季節のたびにやれ祈願祭だ、収穫祭だなんだと言い出して仕事を休むらしいのよね。不要なことをして仕事をさぼる怠惰な領民には、指導と罰が必要だわ」
絶対そんなことない。
我が領民……いえ、ウォルタナの領民はいつも一生懸命に頑張っていた。
それに春の祈願祭や秋の収穫祭などは、節目で仕事を振り返りこれからに気持ちを切り替える大切な行事だ。
不要だなんて思えない。
「ウォルタナの領民は一生懸命働いてくれます! 彼らは日々畑を耕し、貿易の流通品を頑張って運搬してくれます。それにお祭りなどはみんなが仕事を上手く進めるために必要です」
「へ、平民が働くのは当たり前だわ。それに祭りの意味なんて興味ないし。だいたい平民は労働奴隷のようなものよ。私たち貴族の税収のためにいるんだから。みなさんも税収は大切だと思いません?」
反論してきたが反論になっていない。
あげくサンドラ様は、平民が貴族のために働くのは当然だと極論を述べて周囲の令嬢に同意を求めた。
「平民が働くのは当然ですね」
「税収は大事ですもの」
「平民の管理は必要だと思います」
みんな貴族だ。
税収が大切なんて問いには当然同意する。
でもそれ以上は反応しない。
確かに平民が働けば税収は上がる。
その税収で貴族は暮らしているのだけど、労働奴隷のようなものとは誰が聞いても極端だ。
さらにサンドラ様の極端な物言いは続く。
「だから、サボる領民を当てにせずに稼ぐいいアイデアを思いついたのよ。どうでもいい人間をお金に換えるいい方法をね。もう儲かって儲かって。馬鹿な平民は使い用よね」
自国の民に対してこれはあまりに酷い。
お金を稼ぐいいアイデアが何だか分からないけど、どうせロクなことじゃないだろう。
自分勝手な屁理屈などみんなの前で完璧に論破してやる。
伊達眼鏡をクイと上げて気合いを入れた。




