その十三
驚いて大慌ててお義兄様の手を離す。
「あの、どうされました? そんなに動揺されて」
「あ、いえ、別になんでもありません」
お義兄様と一緒にディアナ様へのご挨拶をする。
ディアナ様のドレスは、オレンジをベースにした明るい色合いで華やかな装飾がされてとても素敵だ。
わたくしは金髪に合う薄いピンクにしたけど、一応誕生パーティの主役であるサンドラ様に気を遣って装飾は控えめにしている。
でもディアナ様の素敵なドレスを見て、遠慮せずにもう少し装飾のある衣装でもよかったかなと思った。
「シャルロッテ様がサンドラ様のパーティにいらっしゃるなんて驚きました」
「ディアナ様もサンドラ様とお知り合いなのですね」
「本当に知り合い程度なんですよ。でも、せっかくご招待いただきましたから。何より、未来の旦那様と出会うチャンスがあるかもしれませんもの!」
「フフ。ディアナ様ったら」
ディアナ様は扇子を広げると、わたくしに顔を寄せて囁く。
「ねえ、シャルロッテ様。確執のあるサンドラ様と話されるなら、落ち着けるようにユーリアス様に手を繋いでもらうのがいいと思いますわ」
「そ、そそそそうですね」
ディアナ様はわたくしを思ってアドバイスをくださる。
だけど、もうすでに彼に手を繋がれてしっかり癒されていたなんて言える訳なかった。
しばらくディアナ様と談笑していると、気づいたらお義兄様を令嬢たちが取り囲んでいる。
「こんにちは、バーナント様! お久しぶりでございます」
「バーナント様! お元気でした?」
「バーナント様がパーティに来られるなんて! サンドラ様とお知り合いなのですね」
この一瞬で、ユーリアスお義兄様が女性に人気だという侍女の話は真実だと証明された。
まあディアナ様もサンドラ様もお義兄様に惹かれていたし、この美しい見た目なのでモテるのはほぼ確信していたことではあるのだけど。
「マルタン伯爵令嬢、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「は、はい! ほんと、あの、お久しぶりですっ」
「ベルナール子爵令嬢、春の夜会ぶりですね」
「またバーナント様とご一緒できて光栄です!」
「シモン男爵令嬢、式典ではお話できず残念でした」
「きょ、今日は少しくらいお話できますよね?」
お義兄様は三方を令嬢たちに囲まれても、みんなへ偏りなくうまく対応していた。
でも表情には出さなくとも、わたくしには少し困っているように感じられる。
令嬢たちはそれに気づかないのか、遠慮せずにユーリアスお義兄様へ話しかけ続けた。
おかしいです。
なぜイライラするのでしょう。
酷く苦痛に感じる。
お義兄様が令嬢たちへ返事をするたびにチリチリと胸の奥が痛んだ。
お義兄様がしているのは社交です。
だから、特別な感情はないはずですけど……。
それでも彼があの素敵な笑顔を令嬢たちへ向けると、わたくしの胸は強く締めつけられた。
気持ちを押し殺して黙っていると、視線をこちらへ向けたお義兄様が表情を変える。
そしてさっとわたくしの真横へ移動した。
「今日は彼女のエスコートで来たのです」
お義兄様が気遣って令嬢たちに紹介してくれる。
「エ、エスコートですって⁉ この女性は⁉」
「バーナント様が女性をエスコートされるなんて!」
「あの! こちらは一体どなたでしょうか! ご紹介いただけます⁉」
悲鳴のように令嬢たちが訴えた。
彼女たちがわたくしへ向けてくる視線は、この場で刺殺されるのではと思うほどに鋭くて思わずたじろいでしまう。
女性からそんな視線を受けたことがなくて怖い。
けれど、お義兄様が笑顔を崩さず紹介を続ける。
「私の大切な妹、シャルロッテです」
彼の紹介を受けて淑女の礼を取る。
「先日、母の再婚で妹になりました、シャルロッテ・バーナントです。みなさま、どうぞよろしくお願いします」
妹だと挨拶した途端、令嬢たちの緊張が解けてホッとするのが分かった。
みんなが急に笑顔になり、わたくしに対する視線は穏やかなものに変わる。
「まあ、妹様でしたのね」
「バーナント様とご兄妹になられたなんて、羨ましいですわ」
「仲良くしてくださいませ! そうそう、今度お茶会を開きますの。よろしければぜひ!」
手の平を返すように令嬢たちの態度が軟化した。
親の再婚で兄妹になったとはいえ、わたくしはユーリアスお義兄様の家族。
仲良くなれば、お義兄様との距離が縮まると期待しているのかもしれない。
彼女たちが思うように兄妹は家族。
だから普通は恋愛対象にならないのですよね……。
自分が抱くお義兄様を好きという感情と、わたくしを溺愛する彼の行動が、改めて普通ではないのだと認識させられた。




