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その十二

 わたくしは伊達眼鏡を掛けたまま淑女の礼をする。


「シャルロッテ・バーナントです。お誕生日をお迎えになったこと、お祝い致します」


 本日の主役、サンドラ様へ一応のお祝いを述べたが、彼女は興味なさそうにフンと鼻を鳴らした。


「別にあなたの挨拶なんていらないから。それより、姓が変わって兄ができたのよね? さあ、早くそちらの紳士を紹介しなさい」


 赤いドレスのサンドラ様が、お義兄様の紹介をせっついてくる。

 つまりはそういうこと。

 ユーリアスお義兄様を紹介して欲しくて、わたくしへ招待状を送ったのだ。


 気に入らない。

 気に入らないから言い負かしたいけど、紹介くらいはしない訳にいかない。


「……兄のユーリアスです」

「ユーリアス・バーナントです。どうぞよろしく」


 わたくしへ無礼な態度を取り続けるサンドラ様に、お義兄様は貴族らしく微笑んで挨拶した。


 家を出るときにお願いしたのだ。

 いくら彼女の態度が悪くても見守って欲しいと。

 今回のパーティ出席は、あくまでわたくしが精神的なトラウマを乗り越えるため。

 だから、お義兄様はそばにいて安心させてくれるだけで大丈夫と伝えてある。


 それにしても、ユーリアスお義兄様の微笑みは美しい。

 クセのある長い銀髪と口元からのぞく白い歯がアクセントになり、整った顔立ちがより引き立つ。


「サ、サンドラ・ウォルタナですわ。美麗な王国騎士がいるとは噂に聞いていましたが、噂通り本当に素敵ですのね」

「いえ。そんなことはありません」


 無難に謙遜したユーリアスお義兄様に対して、サンドラ様が大きく開いた胸元へ手の平を当てて自己アピールを始める。


「私は、大領地ウォルタナを治める辺境伯のひとり娘ですのよ」

「ええ、聞き及んでいます」


「そして先日十八才になり、成人いたしました」

「このたびは、おめでとうございます。お祝い申し上げます」


「ひとり娘ですから、将来は辺境伯位を承継できますの。領地のウォルタナはド田舎ですけど、管理は代官に任せて王都に住めばよいですし」

「それはそれは」

「ああ! もうほかのお客様へご挨拶しなくてはいけませんわ。ぜひあとで、ゆっくりお話させていただきますわね」


 彼女はお義兄様に上目遣いで微笑んでから去って行った。

 お義兄様がどう思ったのか気になって横を見ると、珍しく苦笑いしている。


「凄いね。シャルロッテとは合わないのが分かる」

「そうなのです。彼女、凄いでしょう? だからわたくしも気合いを入れませんと」


「いろんな意味で手強そうだし、無理にやり合わなくていいんじゃないか?」

「本来なら隣国のヘルメアと貿易交渉した経験で、会話には自信があったのです。でも彼女との会話がトラウマになってしまって。だから元のわたくしに戻るには、彼女ときちんと話さないといけないのです!」


 伊達眼鏡の戦闘モードでつい口調が強くなった。

 お義兄様と口論なんてしたくない。

 急いで眼鏡を外す。

 とたんコンプレックスの童顔があらわになり不安になった。


 それが伝わったのか、ユーリアスお義兄様がそっと手を繋いでくれる。


「大丈夫。私がそばにいるから」

「はい。お願いします」


 彼の手がわたくしの手を包み込み、体を抱きしめられている感覚になる。

 お義兄様は気づいていたのだ。

 コンプレックスを眼鏡で抑え込み、無理して戦おうとしていることを。

 それでも受けいれて優しく支えてくれる、それがとても嬉しくて。


 お義兄様への感謝でいっぱいになったけど、ふといまの状況に気づいてしまった。

 これが、幸せ過ぎる状況だということに。


 手、手を繋がれています!

 わたくし、大好きなお義兄様に人前で手を繋がれていますっ!


 どぎまぎして落ち着かない。

 お義兄様は不安なわたくしを優しく気遣ってくれているだけ。

 でもエスコートで手をとるのとは訳が違くて。


 パーティ会場でふたり並んで立って、手を繋いるのです。

 これってまるで恋人同士のよう!


 意識すればするほど、鼓動が大きく早くなり、どんどん顔が熱くなる。


 こ、困りました。

 これではお義兄様に気づかれてしまいます。

 あなたを好きだと。

 でも手を離したくはありませんし……。


 恥ずかしさでいっぱいになりながら手を繋いでいると、女性から声をかけられた。


「まあ、シャルロッテ様!」

「わ、わわわ、ディアナ様!」



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