その十一
サンドラ様のパーティ当日になり、お義兄様とふたりで馬車に乗った。
「着いたよ、シャルロッテ。さあ手を」
「ええ、ユーリアスお義兄様」
彼から差し出された手を取りながら、頬が緩まないよう気をつける。
ただのエスコートなのに嬉しくて困る。
表情を必死に隠した。
そしらぬ顔で客車のステップを踏んで地面に降り立つと、ぶるると大きな鳴き声がする。
振り向くと、客車を引いていたお馬がこちらに顔を向けていた。
顔に大きな傷痕があるのでウォルタナから一緒に来てくれたあのお馬に違いない。
あのお馬が今日の馬車を引いてくれたのだ。
運命を感じて、まるで頑張って来いと言われた気がした。
傷あとを触らないようにお馬の顔を撫でる。
ありがとう。
頑張ってきます!
伊達眼鏡を右手に持って背筋を伸ばし、目の前の立派な屋敷を見据える。
先ほどは馬車から広大な庭が見えて驚かされた。
綺麗に刈り込まれた緑の生垣が今日のパーティの本気度を感じさせる。
そして目の前の屋敷は、とてもタウンハウスとは思えないほどに大きい。
きっと別の貴族が本宅として構えた屋敷を買い取ったのだろう。
お義兄様が「騎士仲間に聞いた話だが」と前置きする。
「今日の主役、サンドラ・ウォルタナ様は最近ここへ引っ越してきたらしい」
「おそらく叔父様が辺境伯になって、以前の屋敷から住み替えたのでしょう」
亡くなったお父様が辺境伯のときは、王都にタウンハウスなど持たなかった。
お父様は代々辺境伯を継ぐウォルタナ家の方針に従い、ウォルタナ領で過ごしたからだ。
ウォルタナ領は単なる地方領地ではなく、小国家にも匹敵する大領地。
王都から離れたウォルタナに住むというのは、そこを治める一族として責任を持って臨むという、お父様の強い意思の表れだった。
しかし叔父様の方針は違う。
そのことに少し嫌悪感を抱きながらも、お義兄様と一緒に玄関へ向かう。
今日の目的はサンドラ様を乗り越えるため。
とは言っても彼女の誕生パーティだ。
一応主役に気を遣って、あまり派手な装飾のないシンプルならドレスを選んだ。
だけど色はわたくしの金髪に合う薄いピンクにしている。
あまり地味な色だと、横に立つお義兄様がキラキラしてバランスが悪いのだ。
それに敵陣へ乗り込むのだから一番好きな色にしたかった。
ユーリアスお義兄様は白い騎士団の制服だ。
軍属の騎士団員が貴族のパーティへ出席する場合、騎士団の制服を着用することが義務付けられていると聞いた。
パーティの治安維持が表向きの理由だけど、団員が羽目を外しすぎないよう悪目立ちする制服をあえて着用させているらしい。
屋敷の前には次々と馬車が到着してくる。
きっと引っ越しのお披露目も兼ねて、大勢に招待状を送ったのだろう。
使用人の案内を受けて中に入り、なんとなく肌に合わない空気を感じながら歩みを進める。
途中で不安になって横のお義兄様を見ると、小さくうなずいてくれた。
彼の腕には、魔鉱石の嵌め込まれた銀のブレスレットが光っている。
わたくしは胸元に手を当てて、彼とお揃いの魔鉱石が嵌められたペンダントの感触を確かめた。
少し落ち着けました。
お義兄様のお陰ですね。
大丈夫そう、そう思った矢先だった。
パーティ会場の大広間に入ると、すぐに女性から声をかけられる。
「あら! まさか本当に来るとは思わなかったわ!」
「あ、あ……」
赤い髪、赤い目、この顔は忘れもしない。
サンドラ様は髪色に合わせた赤いドレスでわたくしたちの前に登場した。
ゴテゴテに装飾された派手な赤いドレスは、胸元が大きく開いていて下品に感じる。
彼女はわたくしをじろりと見たあと、ユーリアスお義兄様に目を止めてすぐに口元へ扇子を当てた。
でもわたくしの角度からは、彼女が下品に口の端を上げて喜ぶのが見える。
「あなた、期待通りの働きぶりね。褒めてあげる」
「期待どおり?」
「何ひとつ持っていないあなたでも、少しは私の役に立てたって意味よ」
彼女はそう言って扇子を綴じると、手の甲を口元へ当ててケラケラとわたくしのことをあざ笑った。
わたくしが何も持っていないのはあなたが奪ったからでしょう!
急いで手に持った伊達眼鏡を掛ける。
こんな人に絶対に負ける訳にはいかない。
負けないようじろりと睨むと彼女は眼鏡姿のわたくしに少したじろぐ。
「へ、変な眼鏡ね」
「それはどうも。でも派手過ぎるドレスのお陰で目立たないわ」
サンドラ様は侮辱を侮辱で返されてわなわな震えていたが、すぐに視線を横へ移す。
そして丁寧に淑女の礼をとった。
わたくしへ向けられた挨拶ではない。
「ようこそ、バーナント様。招待に応じていただけて嬉しいですわ」
体は完全にお義兄様へ向けられ、じっと彼の目を見つめている。
その様子はまるで、獲物に狙いをつけて舌を出し入れする蛇のように見えた。
わたくしは招待状が送られてきた意味をようやく理解する。
「サンドラ・ウォルタナ様。それがわたくしを招待した理由なのですね……」
まんまと利用された。
どうやら純粋な悪意では敵わないらしい。
乗り越えなければいけない敵を前にして、ふつふつと怒りが込み上げてきた。




