その十
広い屋敷といえど、ひとつ屋根の下で暮らしているのでユーリアスお義兄様とは頻繁に顔を合わせる。
だから、そのたびに彼が気になって仕方ない。
お陰で不幸な記憶は脇へ追いやられて落ち込むことは減ったけど、それ以上にお義兄様を意識してしまう。
もう声を聞くだけで鼓動が早くなって困る。
「おはよう、シャルロッテ」
「お、おはようございます。ユーリアスお義兄様」
みんなが早く仲良くなれるようにと、朝食と夕食は家族で一緒に食べる決まり。
だけど正直食事どころではない。
ぼんやりしてグラスを倒したり、お母様から話しかけられても気づかなかったり。
胸がいっぱいで食べ物がのどを通らない。
なのに食事の時間が待ち遠しくて、ずいぶん前から身だしなみを気にしてしまって。
経験のない感情の揺れが不安になり、ディアナ様に相談したらハッキリと言われた。
「シャルロッテ様、それは恋です! 間違いありません!」
「そ、そういうのじゃないです!」
慌てて否定した。
ディアナ様の言う恋の相手がお義兄様だからだ。
いくら数か月前までは親戚でもいまは違う。
家族を好きになるなんて普通ではないことで、他人に知られたら軽蔑されてしまうこと。
でも、ディアナ様は違った。
彼女は事情を聞いても引いたり軽蔑したりせず、応援すると言ってくれた。
お父様を亡くして故郷を出たわたくしに元気を出して欲しいと、むしろこの恋愛を後押ししてくれる。
事情で結婚はできなくても、心まで否定する必要はないと気づかせてくれた。
そしてようやく自覚した。
朝食で目の前に座った彼に向かって声を出さずに心の中で語りかける。
ユーリアスお義兄様。
わたくしはお義兄様を好きになったんです。
心の中で想うだけならば平気、そう考えるくらいに自制が効かなくなっていた。
自分でも恋愛脳かもしれないと心配してしまう。
人を好きになった途端、絶望して灰色だった景色があっさりと色を取り戻していくのだから。
自分の感情に戸惑いながらも、毎日彼を想って過ごした。
そんなある日、わたくしのもとに一通の手紙が届く。
派手な封筒を開けると誕生パーティの招待状が入っていた。
差出人はサンドラ・ウォルタナ様。
叔父様の娘であり、わたくしの旧姓と同じ姓を持つ女性だ。
この女性のことは、忘れたくても忘れられない。
辺境伯位のさん奪を画策して頼りない叔父様を動かし、第二王子すらそそのかした。
そしてまんまと叔父様を辺境伯にしたあと、わたくしとお母様を屋敷から追い出した。
タフな貿易交渉をしてきた自分なら負けないはずの相手。
なのに言い返せなかった。
お父様が事故で亡くなり、辺境伯をさん奪された混乱の中だったとはいえ、理由がコンプレックスの童顔を隠す伊達眼鏡が手元になかったというのは情けない。
そんな因縁の相手が、一体何のつもりで誕生パーティの招待状など送って寄こしたのか。
自分の心を守るなら無視して行かないに限る。
そもそも彼女の誕生日を祝う気はないのでわたくしには行く理由がない訳で。
だけど逃げたくない。
逃げずに立ち向かえば、自分の中で何かが変わる気がしたのだ。
理由は不明だがわざわざ招待状を送って寄こしたのだ。
乗り込んで対峙するべきだと思った。
シャルロッテ・バーナントとして胸を張るためには、いつまでも敵である彼女を避けていけないと思った。
彼女との過去にとらわれた現状では、何に対しても一歩を踏み出せない。
お義兄様への想いだけで生きていくことはできない。
彼女を乗り越えて次に進もう、そう覚悟を決めた。
ユーリアスお義兄様の部屋を訪れる。
「お義兄様。お願いがあります」
「やっと頼って来てくれたか。もちろん協力する。どんなことだ?」
「叔父様の娘から、誕生パーティへの招待状が来たのです」
「叔父様って、ウォルタナ領を乗っ取った奴か」
「そうです。その叔父様の娘、サンドラ様です。そしてわたくしは……屋敷を出たあの日からこの女性を気にしています」
「以前に何かあったんだな?」
お義兄様は詳しく聞かずに察してくれた。
「わたくしがバーナント家の子女として生きるには、彼女を乗り越えなくてはいけません。乗り越えて強くなりたいのです」
「本当は無理して欲しくないが、シャルロッテが決めたのなら協力しよう」
「ではつき添いの身内として、一緒に彼女の誕生パーティへ行っていただけますか?」
「分かった。エスコートして守る。これ以上、君の心が傷つかないように」
彼の優しい言葉で胸が熱くなる。
きっと乗り越えられる、そんな気持ちになれた。
感謝を伝えたい。
でも彼を好きだと意識するほどに、胸に飛び込むどころか手を握ることもできなくなる。
「ありがとう存じます」
お礼を言うので精いっぱいだった。
いくら好きでも、恋人ではなく兄妹だから。
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