第6話「AI兵器」
第6話「AI兵器」
■真壁慎一視点
慎一は部屋の照明を落とし、薄暗いモニターの前に座っていた。復讐計画が第六段階に突入する。標的は情報の“力”そのもの——AI技術と、それを支える演算システム。
彼の机には、金庫の設計図を模した手描きのノートが広げられていた。これは未来で見た「量子サーバー施設」の設計図を記憶から再現したものだ。金庫の厚さ、空冷装置の配置、通信遮断層の位置——そのすべてが精緻に描かれている。
「こいつを小型化して、自宅に構築する。それが、俺の“中枢”だ」
■量子サーバー構築
慎一は地方の廃倉庫を買収し、そこに改造を加えた。外見はただの物置。だが内部には、遮音材と放熱パネルで囲まれた自作のサーバールームが隠されていた。
設置されたのは、量子ビットを模倣した擬似的量子プロセッサ。演算は純粋な量子計算ではないが、未来で得た理論を応用し、通常のAIでは不可能な解析速度を実現していた。
慎一はシステムを起動し、ディスプレイに浮かび上がる“量子演算ユニット ver.2045”の文字を確認する。そして、ノートPCから音声入力を行った。
「対象:高瀬直樹。条件:SNS投稿の傾向/痴漢の証拠/異性関係の記録。優先順位:女性被害者の証言重視」
サーバーは無音のまま作業を始めた。
■AI動画合成システム
慎一の計画には、もう一つの要素があった。それは“AIによる合成映像”の製作。高瀬直樹が痴漢を行う現場を、実際の映像と仮想データで組み合わせること。
彼は自らが開発したAI動画生成ツール「Phantom Frame」を起動。プログラムは実在の駅構内、ターゲットの服装、周囲の群衆の動きを忠実に再現し始めた。
映像の進捗バーが「85%」から「100%」に達するまで、わずか3秒。
「これが、“現実”として拡散される準備だ」
■生成された罪
完成した映像には、駅のホームで女性に近づく高瀬の姿、手の動き、女性の驚いた表情が自然に描かれていた。慎一は映像に“注意:実在の人物と関係ありません”という表示を1フレームだけ挿入し、それをダークウェブ上の匿名サーバーにアップロードした。
そのリンクはBotによって一斉拡散され、「都市伝説的痴漢動画」としてSNSに流れ始める。
コメント欄には「これ高瀬じゃね?」「マジで捕まれよ」「見たことある服装」といった投稿が並んだ。
「本物より、本物らしく。“疑惑”が“記憶”を上書きする」
■反応
高瀬は数日後、突然SNSアカウントを非公開にし、大学にも姿を見せなくなった。
その裏では、彼の父・宏樹が関係各所へと働きかけを始めていた。政治力を使って「映像の拡散元特定」と「名誉毀損対策チーム」の結成を命じたという。
だが、慎一はそれすらも想定していた。拡散元アカウントは全て自動生成されており、ログも毎時削除。IPは十重のプロキシとトーラスVPNで隠蔽済みだった。
「“正しさ”を持たぬ者に、“抗議”の手段はない」
■拠点の静寂
量子サーバーの稼働状況をチェックしながら、慎一は独白する。
「ここが、俺の“城”だ。情報を制する者が、この世界を変える」
サーバールームの温度計は28度。ファンの音は微かで、風が吹くたびに壁の配線が軋む音だけが響いていた。
■記録の保存
慎一はAIが生成した映像と、被害女性の音声証言を合わせたバージョンを作成し、それを非公開の動画クラウドにアップロード。タイトルは『実録:痴漢の現場 高瀬直樹(仮名)』。
ファイル名には量子演算の識別コードが含まれており、照合により合成の真偽を見破ることは困難とされる。
慎一は、データベースにこの項目を追加した。
『#高瀬直樹_痴漢映像_合成AIバージョン』
■未来の判断
その夜、慎一は父の形見である腕時計を外し、ノートの横に置いた。量子コンピュータによる自動解析が進む中、彼は次のターゲットの準備に取り掛かる。
「次は、村上だ。お前の“借金と依存”を暴く」
画面には新たな進捗バーが現れ、再び「0% →」と進み始めていた。
■被害者の声
慎一は、AIが自動収集した“被害者の証言”をもとに、仮名の女性インタビュー動画を合成した。映像の女性は口元をマスクで隠し、声は加工されていたが、その内容には信ぴょう性があった。
「彼はいつも同じ場所に立っていたんです。満員電車の、あの、車両の真ん中……」
「最初は偶然だと思いました。でも、何度も……」
慎一はその音声に感情値を測定するタグを埋め込み、“怒り”“恐怖”“羞恥”の波形を視覚化して、リアリティを強化した。
この合成動画は拡散はせず、クラウド上の「予備証拠」として保管された。使う時は、次の“炎上段階”である。
■学内の空気
高瀬が姿を見せなくなったことで、学内では新たな話題が生まれていた。
「なんか、あいつ……どっか消えた?」
「いや、なんかヤバい動画が……」
慎一はそれを聞きながら、カフェテリアの端に座り、静かにパンを食べていた。眼鏡の内蔵マイクが、周囲の会話をすべて拾っていた。
高瀬の周囲にいた学生たちも、次第に距離を取り始める。人は“不安”を伝染させる生き物だ。慎一はその原理を熟知していた。
■宏樹の動き
慎一はBotに命じ、地方議会の議事録とメディア記事をスキャンさせた。そこで得られたのは、父・高瀬宏樹が映像拡散に関して裏で警察に圧力をかけているという事実だった。
「圧力か。だが、“痕跡のない敵”には効かない」
慎一はその行動ログを記録し、別ファイルに保存した。“選挙対策チームが動いた時、再利用する”というメモが添えられていた。
■静かなる観察
慎一は、夜の校舎裏で一人、スマートウォッチを通じて量子サーバーにアクセスしていた。そこには、すでに高瀬関連のデータ群が階層別に分類されていた。
分類項目はこうだ。
『高瀬_異性交遊ログ』
『高瀬_SNS炎上リスク評価』
『高瀬_痴漢疑惑AI映像』
『高瀬_父親影響力分析』
慎一はこのうち「SNS炎上リスク評価」を開いた。そこには、未来の炎上パターンを逆算し、今後投稿すべき文言、拡散時間、最適ハッシュタグが提示されていた。
「情報とは、もはや“武器”ではない。“戦場”そのものだ」
■最後の確認
自宅に戻った慎一は、量子サーバーから取得したログをUSBメモリにバックアップした。その表面には、未来技術の記号とされる“元素記号群”が刻まれていた。
慎一はその金属の光沢を見つめながら、静かに呟く。
「高瀬直樹。お前はもう、自分の言葉では語れない。語るのは、“記録”だけだ」
■再始動
慎一は机に戻り、AIのコマンドラインに次のターゲットの名を入力した。
「村上俊哉。解析開始」
画面が暗転し、静かに光を放った。
■明日の戦略
翌朝、慎一はBotネットワークに「自動拡散制御プロトコル Ver.2.3」の実行を命じた。これは、次に公開予定の村上関連情報を段階的に流すアルゴリズムだった。
彼の指は、キーボードの上で止まった。
「俺が今、操っているのは人間の“感情”だ。その重さを、最後まで背負う覚悟がある」
量子サーバーは静かに動き続けていた。復讐という名の連鎖は、止まることを知らない。
第6話「AI兵器」終わり