第5話「医療罠」
第5話「医療罠」
■真壁慎一視点
復讐の第五段階は、証拠の正統性を持たせるための“医療”領域への踏み込みだった。
慎一は、かつて自分が階段から突き落とされた事件——佐伯亮太による暴行を再び調査対象とし、その医療記録を入手するために行動を開始していた。転生前、その事件で彼は脊髄を損傷し、下半身不随となる運命にあった。だが、今回は違う。
「今回は未遂のままに抑え込んだ。だが、証拠は必要だ」
慎一は、事件が起きる前にすでに佐伯の暴力性を記録していた。学内での小競り合い、他学生への威嚇、サークル内での暴言。その音声と映像はすでに複数存在し、慎一のクラウドサーバーに保管されている。
彼の狙いは、“未遂”を“未病診断”という形で記録に残すこと。これは、将来の医療的証拠として機能し、法廷でも採用されうる強力な材料となる。
■医療機関への接触
慎一は地元の整形外科医院を訪れた。数日前に、わざと軽い階段の転倒事故を演出し、膝と腰に軽度の打撲を負っていた。その診断を口実に、MRIとX線撮影を依頼する。
「念のため、脊椎も確認していただけますか? 以前、痛めたことがあるので……」
医師は頷き、画像診断を開始する。その傍ら、慎一のスマートウォッチが静かに作動していた。デバイスの内蔵カメラは、パソコン画面に映し出されるカルテの内容と診断画像をリアルタイムでキャプチャしている。
そこに貼られたポストイットには、こう書かれていた。
『量子コンピュータ勉強中』
慎一はその言葉を見て、内心で笑った。彼の過去の記憶が正しければ、この医院の医師は後に量子医療の誤診で問題になる人物だった。
「これも“伏線E”として使えるな」
■医療データの確保
診断は無事に終了し、データは慎一の個人用USBに複製された。もちろん、病院の許可を得た“患者本人用”の正式なものだ。
彼は帰宅後、そのファイルを専用の解析ソフトにかけた。体内の骨格や筋組織の配置を視覚化し、健康であることを“数値化”して証明する。
「事故はなかった。だが、“事故があった可能性”は提示できる」
さらに慎一は、カルテの一部にある“以前の診断記録”が消去されていたことにも着目した。転生前、彼が通っていた病院で発行された記録が、何らかの形で病院システムから削除されている。
「誰かが、隠蔽した……?」
彼はこの情報を“診療記録改ざん疑惑”としてリストに追加した。
■警察幹部の影
その夜、慎一は録音データを整理していた。その中に、ある男の声が混じっていることに気づいた。強く、低く、どこかで聞いたことのある響き。
AI音声解析をかけた結果、音声の特徴が一致した人物——それは“父の葬儀”で見かけた警察幹部だった。
「まさか……あの時、すでに俺の家族は“監視”されていた?」
慎一は背筋に冷たいものを感じながら、その音声を『伏線E補強』としてファイルに登録した。
「今は使えない。だが、いずれ“証明”する日が来る」
■敵の兆候
大学では、佐伯が何かを察知したような行動を取っていた。慎一を見る目が鋭くなり、仲間との距離もどこかぎこちない。
その日の放課後、佐伯が慎一に声をかけてきた。
「おい、真壁。お前さ……俺に何かしたか?」
慎一は穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「何もしてないよ。ただ、自分の身は守らないとね」
その一言に、佐伯は何も言い返せなかった。眼鏡のマイクがその沈黙の空気をしっかりと録音していた。
■復讐の輪郭
深夜。慎一はパソコンの画面に映る自分の診断書を見つめながら、つぶやいた。
「これで、“嘘のような真実”が一つ完成した」
彼の作戦は“嘘”ではない。事実を“組み替える”ことで、現実を操作しているに過ぎない。
慎一はデータをクラウドにアップロードし、眼鏡のカメラをオフにした。
そして、新たに一つのフォルダを開いた。そこには、佐伯亮太の過去の暴行歴、家族構成、地元建設業との癒着の証拠がぎっしりと詰まっていた。
「次は、お前を“医療と暴力”で崩す番だ」
■裏のデータ操作
慎一は診断データをもとに、AIプログラムで3D映像を構築していた。仮想の骨格構造、筋肉の動き、転倒時のシミュレーション。そのすべてが“現実にありえた可能性”として提示可能な証拠になりうる。
さらに彼は、未来技術に基づいたデジタル署名を生成し、各データファイルに埋め込んだ。それは“未来で証明された事実”として裁判資料に準じたフォーマットだった。
慎一は静かに独り言をつぶやく。
「真実とは、最初から存在するものではない。証明によって初めて“力”を持つ」
■新たな波紋
SNS上では、匿名アカウントが「ある大学生が整形外科で異常な精密検査を受けていた」と投稿し、噂が拡散され始めていた。もちろん、それは慎一のBotが意図的に流した情報である。
「“被害者”の可能性を、第三者が想像することで、“加害者”の輪郭が浮かび上がる」
それに呼応するように、佐伯のSNSアカウントには過去の暴力的な投稿が再浮上し、まとめサイトに転載されていた。画像付きで拡散されたその情報は、一気に“危険人物”としての印象を広げていく。
■母の影
慎一は資料を読み込んでいるうちに、佐伯の母がある医療機関の理事であることに気づいた。地域の医療利権と癒着し、診断書の“調整”にも関与していた記録がクロの提供データにあった。
その内容は、一部の病院で“診断の柔軟化”が暗黙の了解で行われていることを示唆していた。
「証言を引き出せれば、“組織的隠蔽”として連座させられる」
慎一はその情報を、「伏線F」として整理した。
■崩壊への導火線
数日後、慎一は学内の医療研究サークルの掲示板に、匿名で“診断書の信頼性に関する考察”という論文形式の投稿を行った。内容は中立的だが、その中には“構造的な診断ミスの温床”として、佐伯の家族が関与する病院の名前が暗に示されていた。
反応は即座に起きた。
「これ、うちの地域のあの病院じゃない?」
「理事って佐伯の親ってマジ?」
「なんか、いろいろ闇深くないか……?」
SNSでは、病院の評判を疑問視する投稿が続出し、数件の匿名レビューが新たに書き込まれた。慎一の狙い通り、真実は語らずとも“空気”として周囲を侵食していく。
■静かなる怒り
その夜、慎一は眼鏡を外してベッドの上に座り、手帳を開いた。そこには、未来で自分が記した復讐計画の原案がペンで書かれていた。
『佐伯亮太→診断書による暴力証明→家族共倒れ構図』
彼はその文字の横に、こう書き加えた。
『母親の癒着証拠:医師連携記録→合法的に告発へ移行可能』
慎一は手帳を閉じ、部屋の灯りを消した。
闇の中、彼の復讐の輪郭はますます精緻に整えられていく。
■次なる準備
翌朝、慎一はいつも通り学内のベンチに座っていた。手元のスマートウォッチには、Botネットワークからの定期報告が届いている。すでに佐伯関連の“噂”は地元メディアに拾われる準備が整っていた。
慎一はつぶやいた。
「あとは引き金を引くだけだ。お前が“自分から”動くのを、待っている」
風が吹き、ベンチの脇に置かれたペットボトルが倒れた。その音だけが、静寂を破った。
第5話「医療罠」終わり