第4話「血の代償」
第4話「血の代償」はじまり
■真壁慎一視点
復讐計画が第2段階へと進行する中、慎一の手元には一通の銀行記録が届いていた。クロから受け取った暗号化されたデータファイル——それは、桐生たちが関与した襲撃事件の被害者に対し、密かに送金されていた金銭の記録だった。
「……振込先は“東京南第三学園 奨学金支援部”?」
慎一はその名前に聞き覚えがあった。未来であるドキュメンタリー番組に出演していた、猫保護団体の代表を務める若い女性——あの三毛猫“ミケ”を抱いてインタビューに答えていた人物の名が、そこに記されていた。
彼女は、被害者男性の“姪”であり、唯一残された血縁だった。
慎一はすぐに関連する金融機関へとアクセスを試み、仮想通貨と連携した特殊なAPIを用いて、送金履歴を解析した。全3回、合計500万円の振り込み。その名義は偽名ではあるが、送信元のウォレットIDは、桐生貴文が管理していたものと一致した。
「つまり……罪の意識はあった。だが、それを隠して善意を演出していた。赦しなど、求めていなかったくせに」
慎一は冷たい笑みを浮かべ、画像データに写り込んでいた“学生証”の写真をポケットから取り出した。それは、姪のものだった。以前、彼が偶然手に入れていたもので、財布から落ちたそれを、誰も気づかなかった。
「この一枚も、使わせてもらうよ。君の大切な記憶を、俺は“証明”に変える」
■証拠の拡張
慎一は情報フォルダ「被害者家族_資料」に、新たなタグを追加した。
『#奨学金500万送金記録』
『#猫保護団体代表』
『#ミケとの関係』
同時に、姪の大学での成績表と活動記録を収集。彼女がいかに誠実に人生を歩んできたか、その事実を“見せつける”準備を進めた。
AIは彼女の発言から“正義感”“純粋”“倫理重視”などのキーワードを抽出。慎一はそれをそのまま、SNS上のBotに学習させた。
「彼女を“光”にして、桐生の闇を浮かび上がらせる」
■大学内の異変
その頃、学内でも桐生の態度に変化が現れていた。どこか落ち着かず、スマホを頻繁に確認し、他人の会話に敏感になっている。情報がじわじわと彼の周囲を包囲していた。
佐伯は相変わらず軽薄に振る舞っていたが、その言動にはどこか“浮ついた”兆候が見え隠れする。
「おい、真壁……お前さ、なんか最近“得意げ”だよな?」
「そんなことはないさ。ただ、自分の道を進んでるだけ」
慎一の眼鏡はその会話の音声を収録し、表情解析で“警戒心レベル48%”の結果を弾き出した。
■情報の矛先
慎一は新たに“公開用ダミーアカウント”を作成し、そこから「社会に貢献する家族と、隠された贖罪の記録」と題した投稿を行った。
投稿には、姪が活動している猫保護団体の理念、活動風景、三毛猫ミケの存在、そして奨学金500万円の匿名支援に関する記述が添えられていた。桐生の名前は一切出していないが、ウォレットIDの一部を“偶然”のように晒してあった。
「見る者が見れば、気づく。“名前”を言わずに、心に刺す」
その投稿は、SNSで瞬く間に拡散された。特に動物保護や社会貢献に敏感なユーザー層が反応し、コメント欄には賞賛の声と同時に、不可解な資金源への疑問が浮かび上がった。
■揺らぎ
夜、慎一はクロと連絡を取った。
《Crow》「投稿見た。あの女の子、下手すりゃ国会に呼ばれるレベルだぞ?」
《Makabe》「それが目的じゃない。“見せかけの善意”がどれだけ矛盾するか、暴くための舞台装置だ」
クロは笑ったようなスタンプを一つ送ってきた。
《Crow》「やっぱお前、化け物になったな」
■父の思い出
慎一はその夜、古びたフォトフレームを手に取った。そこには、父と母、そして幼い自分が笑って映っていた。未来では二人を突然失い、復讐の動機となった最大の痛み。
だが今、この世界ではまだ“その死”の裏に隠されたものを解き明かしていない。
「父さん、母さん……俺は、こんな方法でしか正しさを証明できない。だけど、これしかなかったんだ」
慎一はその写真を机に置き、ノートPCを閉じた。静かな夜だった。だが、その沈黙の裏には、確かに“血の代償”が動き始めていた。
■追跡と構築
慎一はクロから送られてきた別ルートの金融取引記録を照合していた。その中に、さらにもう一つの口座が存在することが判明。口座名義は海外法人、だが取引の中に「姪の団体」への再送金が確認された。
「つまり、“偽装された善意”がさらに層をなしていたというわけか」
慎一はそれを“二重送金構造”としてデータに記録し、フローチャートを構築した。資金の流れを視覚化することで、どこで誰が意思決定をしたかが明白になる。
彼の狙いは“感情”ではなく“証明”だった。
■偶然の接触
翌日、学内で慎一は姪本人——篠崎真理と偶然すれ違った。彼女は控えめな服装で、猫のイラストが描かれたファイルを抱えていた。
「こんにちは。……真壁さん、でしたっけ?」
「ああ、はい。以前どこかで……」
「保護活動の会議で、お話したことがあるかもしれません」
慎一は軽く会釈をし、その場を離れた。だが、彼の眼鏡はすでに彼女の声と表情を記録していた。AIは“信頼指数89%”と解析を出している。
「正義は、確かに存在する。ただ、それが届かない場所もあるだけだ」
■動き出す影
桐生の父・剛志が地元の議員に接触したという噂が慎一のネットワークを通じて流れてきた。そこには、「息子の過去を抑えるための資料提供依頼」があったという。
慎一はその情報をBotにタグ付けし、SNS上で「地元議員と財界の繋がり」「若者の過去隠蔽」などのテーマで新たな火種をまいた。
「焚きつける。火は、勝手に燃え広がる」
■沈黙の証明
深夜、慎一はクラウドに保存されたフォルダを開いた。「姪_証拠関連」と名付けられたその中には、SNS上で収集された彼女の発言、活動の記録、支援を受けた地域住民のコメントが所狭しと並んでいた。
慎一は、それらの中から特に“善意”を象徴する3件を選び、PDF化して証拠ファイルに添付した。それはやがて、世間が桐生の名を知った時に提示するための“対比”資料だった。
「優しさと偽善。どちらが真実か、比べれば一目瞭然だ」
■仮面のほころび
そして数日後、地元の小さなニュースサイトが一件の報道を出した。「不自然な奨学金の出処」と題された記事は、ごく一部の情報だけを扱っていたにも関わらず、匿名の関係者として“ある大学の学生”の名前が含まれていた。
その名前は、桐生の偽名と一致していた。
桐生の周囲に再びざわめきが走る。SNSには「奇妙な一致だな」「あの事件の関係者か?」といった憶測が飛び交い、火は確実に燃え広がっていた。
慎一は静かにモニターを閉じ、録音停止ボタンを押した。
「次は、医療。佐伯、お前の番だ」
■明日への一歩
慎一は最後に、メモ帳に一文だけ書き残した。
『姪=灯火。桐生=影。その対比で“真実”は光る』
その文字を見つめながら、慎一はゆっくりと眼鏡を外した。
静かな夜だった。だが、復讐の輪郭はますます鮮明になっていく。
第4話「血の代償」終わり