第2話「闇の記憶」
第2話「闇の記憶」
■真壁慎一視点
転生から半年が過ぎた。慎一の生活は、表向きには平凡な大学生そのものだった。講義に出席し、図書館で勉強し、適度な距離感で同級生と接する。だが、その実態は精密に計算された「演技」だ。
慎一の本質は、すでに過去とは異なる。五十年の記憶と経験、そして社会の裏側まで知り尽くした情報屋としての側面を持つ彼は、加害者たちを社会的に追い詰める“証拠収集者”として日々活動を続けていた。
ある夜、慎一はPCを立ち上げ、古びたフォルダを開いた。「未解決_襲撃事件_2040」と名付けられたその中には、一枚のぼやけた写真が保存されていた。未来で彼が閲覧した、ホームレス男性が襲撃された事件の現場写真——そこに映る犯人の顔は潰れており、身元は特定されていなかった。
慎一は未来の技術を再構築した画像補完ソフト「Rebuildα」を起動し、解析を始める。ピクセルデータを抽出し、AIが自動で補正をかける処理を走らせる。
「これで……隠された“顔”が見える」
■画像の真実
進捗バーが「93%」を示した瞬間、画面に映し出されたのは、桐生貴文の顔だった。ブランドのロゴが入ったダウンジャケット、見慣れた髪型、笑いながらピースサインをする姿。
「やはり……お前だったか」
慎一は顔認証を走らせ、写真内の他の人物も分析した。照合されたのは、佐伯亮太と新井悠斗。この3人が、未来の“未解決事件”の実行犯だった。
慎一は画像を保全し、データを量子暗号化してクラウドへ送信。その後、匿名掲示板へ「ある地方都市の未解決事件」としてアップロードした。
「まずは、“真実”を世に問う。それが第一歩だ」
■猫と記憶
画像に映っていたゴミ箱の側には、小さな毛玉のような影があった。慎一は拡大して確認した。そこにいたのは——三毛猫だった。
「まさか……あの猫、ミケ?」
未来で話題になっていた「保護猫ミケ」。慎一はSNSで該当する投稿を探し、被害者のものと思われるアカウントを特定した。数百件に及ぶ投稿の中には、ミケとの日々が丁寧に綴られていた。
「今日もミケは元気。缶詰はツナがお気に入り」
「ミケが初めて膝に乗ってきた。嬉しい……」
慎一は全てをダウンロードし、アーカイブした。
「お前はただのホームレスじゃない。命を守っていた人だった」
慎一の中で、復讐は“怒り”から“義務”へと変わっていく。
■資金の準備
部屋の一角に貼られた「仮想通貨未来相場表」を確認しながら、慎一は次の投資先を選定していた。半年で増やした資産は、すでに3億円を超えていた。
未来に暴騰する通貨XRCを中心にポートフォリオを構築し、必要な資金を確保していく。使用しているウォレットは、未来技術をベースにした量子セキュリティ仕様。パスコードは複数認証、外部侵入は不可能。
「これが“情報戦”の弾丸だ」
■仮面の裏
大学では、慎一は相変わらず目立たない存在だった。だが、それが彼にとっての最適解だった。
「おい、真壁。お前、最近妙に落ち着いてないか?」
ある昼下がり、佐伯が気さくに声をかけてきた。表情は笑っているが、目の奥には不安がある。
「そうかな? 大人になっただけだよ」
「ふぅん……ま、別にいいけどよ」
慎一はその会話も録音していた。表面的には雑談でも、文脈をAI解析にかけると、内心の焦りや過去のトラウマが浮き彫りになることもある。
■波紋
SNSでは、慎一の仕掛けたBotネットワークが、襲撃事件の存在と加害者の“特徴”を徐々に拡散していた。「某大企業の息子が未成年の頃に関与?」という憶測に、ネットユーザーの関心が集まっている。
慎一はタイミングを見計らって、次なるデータを投入する準備を進めていた。それは、被害男性の姪がテレビで語った「猫保護活動」のインタビュー映像。声をAIで解析した結果、彼女の語り口は誠実そのものだった。
「この人を“社会の共感装置”にする……その時が来たら、だ」
■闇の中の灯
夜。慎一は公園のベンチに座りながら、ふと視線を下ろす。そこに、あの三毛猫が再び現れていた。ミケ——彼にとっての象徴のような存在。
猫はゆっくりと彼の足元に座り、こちらをじっと見つめた。慎一は言葉もなく、その瞳を見返した。
「お前も見てたんだな……あの夜を。だから、こうして来てくれるのか」
彼は静かに、ポケットからビスケットを取り出して猫に差し出した。
■記録の刻印
深夜、慎一は眼鏡のカメラで自室をゆっくりとスキャンしながら独白を始めた。
「記録——これこそが力だ。奴らの罪を、言葉で、画像で、音で刻みつける。そのすべてが裁きとなる」
そして、ディスプレイに浮かび上がるフォルダ名を見つめながら、静かに呟いた。
「第1フェーズ完了。次は、“声”を引き出す」
第2話「闇の記憶」終わり