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第23話「放火の代償」







第23話「放火の代償」


■真壁慎一視点


 加害者B・佐伯亮太の父親、佐伯正則が動いた。


 慎一の記録に業を煮やした彼は、現金2億円をトランクに詰め、自ら慎一のもとへ乗り込んできた。


 その姿は、まさに「札束で記録を揉み消そう」とする最終防衛だった。


 慎一は、冷ややかにその申し出を受け取るふりをしながら、すでに準備を整えていた。


■遠隔操作金庫の開錠


 慎一はトランクを無言で受け取り、専用の遠隔金庫に収納。


 スマートウォッチの端末で解除コマンドを打ち込むと、金庫が静かに開き、内部の様子が映像としてクラウドへと転送された。


 そこには、慎一があらかじめ“混入”させておいた“偽札”の束が紛れ込んでいた。


《通報:不審紙幣発見/通報先:警視庁経済犯罪対策課》


■通報と反応の即時性


 通報ボタンを押すと同時に、慎一のシステムは“匿名通報支援ネットワーク”を起動し、警察、金融監査局、国税庁の三者へ同時に通知を送信した。


《通知完了:0.82秒/エンコード済》


 また、Botが金庫内部の映像から“偽札判定アルゴリズム”を自動で適用し、札の一部に“透かしの欠如”と“印刷ズレ”を報告。


《偽造率:93.4%/対応ガイド:押収対象》


 これにより、慎一の記録は“報復”ではなく“正義の行使”として定義されるよう仕向けられた。


■佐伯正則の狼狽


 金庫の蓋が静かに閉じられた後、慎一は淡々とこう告げた。


「これは、記録されました。あなたが“偽札”を持参した、という事実も含めて」


 その言葉を聞いた佐伯正則の表情は一変し、声を荒げる。


「お前、何を仕込んだ!? これは詐欺だ、違法な操作だ!」


 だが慎一は無言でスマートウォッチを操作し、全ての音声と映像をSNSにアップロード。


■記録が語る真実


 公開された映像には、佐伯が金庫の前で動揺する姿、慎一の無言の操作、金庫内部の偽札の束と、クラウド送信完了画面が交互に映っていた。


 そして最後に、“記録者の注釈”が表示された。


『金で正義は買えない。だが、金は記録される』


 この一文がネット上で拡散され、「#放火の代償」がトレンド入り。


 多くの視聴者が、慎一の冷静な対応と、法的な正当性に共感を示した。


■土地権利書偽造の記憶


 映像の中で金庫が開いた際、一瞬だけ古びたファイルが映り込む。


 それは、慎一が過去に“土地権利書偽造”の訓練で使用していた印刷技術の練習帳だった。


 伏線Dがここで回収される。


《記録ファイル:印刷演習資料/用途:証拠操作学習記録》


 この演出により、慎一の準備と計画性の高さがさらに強調された。


■記録の拡散戦略


 Botたちは、偽札事件を「社会倫理問題」として再構成し、以下のテンプレートで情報拡散を行った。


・政治癒着の構造

・現金による贖罪の虚構

・加害者親世代の倫理破綻


 これにより、単なる“金銭交渉”ではなく、“社会構造の暴露”として記録が扱われるようになった。


■家業の崩壊と連鎖反応


 佐伯家が経営する建設会社は、偽札問題の報道と同時に監査を受け、過去の公共事業入札における“談合記録”が表沙汰となった。


 慎一のBotは、匿名で通報したその資料の中に、自らが収集していた記録の一部も含めていた。


《通報文書:談合疑義/証拠ファイル:2044年建設業者会議録音》


 これにより、佐伯家だけでなく、地元の政治家や業者の連鎖的な調査が開始され、ニュースは連日トップでこの話題を取り上げた。


■息子への“代償”


 佐伯亮太は、父のスキャンダルを受けて警察に自首。


 その供述の中で「すべては親の言いなりだった」と繰り返すが、慎一はそれすらも記録していた。


「“火をつけたのは父だ”と叫ぶお前が、その火を見て笑っていた顔——俺は記録してる」


 記録は感情を許さない。ただ、真実を映すだけだった。


■記録社会への認識変化


 この事件を受け、社会では「記録倫理」「記録武器化」の是非を問う討論番組が増加。


 慎一の名は出されないものの、“記録の形を変えた者”として、次第にジャーナリズム界で語られるようになった。


■Botの分析ログと記録操作


 慎一は、事件後に全ての操作記録をログとして抽出し、量子バックアップへ保存。


 記録画面には、以下の情報がまとめられていた。


《記録エントリ:偽札混入事件/分析結果:人為的接触なし》


《記録演出タグ:#沈黙の正義/#証拠の罠》


 これにより慎一が物理的に偽札を操作していないという“証明”が間接的に示され、記録の信頼性が高まった。


■練習帳に残された手書き


 Botが記録映像をスキャンする中で、印刷技術練習帳の裏表紙に残された慎一の手書きが判明する。


『正義は、精度だ。ズレは全て証拠になる』


 それは、かつて父に教えられた“設計図の線引き”の意味でもあった。


 慎一の記録は、父の技術と倫理の融合だった。


■記録の再配布


 全ての記録をAIが再構成し、「教育用資料」として編集されたパッケージが密かに複数の大学・法曹機関へと匿名で提供された。


《タイトル:金と記録/副題:報復か正義か》


 この記録は後に“記録社会学”の代表教材として扱われることになる。


■最後のモノローグ


 夜、慎一は部屋の明かりを落とし、金庫の前に座った。


 眼鏡のレンズ越しに、金庫内部の残像がうっすら映る。


「火は燃え尽きた。でも灰は、記録される」


 彼はスマートウォッチに新たなタイムスタンプを刻んだ。


《次記録予定:2045年5月28日/対象:依存症案件》


 記録は終わらない。ただ、燃える対象が変わるだけだ。


■記録が遺したもの


 公開された偽札映像と交渉記録は、アーカイブサイト「記録者の眼」に正式保存され、翌週には100万アクセスを突破。


 サイトのトップに表示された言葉は、慎一が記したものだった。


『燃やすためじゃない。忘れないために記録するんだ』


 その言葉を読みながら、世界は次の記録を待っていた。


■記録を見守る者たち


 慎一の投稿が広まる中、海外の法学会からも注目が集まり、オンラインシンポジウムで「記録を通じた倫理的抑止力」の実例として紹介された。


 発表者はこう語った。


「これはただの報復ではなく、構造的悪意に対する倫理的“可視化”だ」


 この一言が、多くの研究者や市民に新たな視点を与えた。


■猫のぬいぐるみに託された記憶


 事件の記録を収めたUSBの一部は、猫のぬいぐるみの中に仕込まれ、被害男性の姪が運営する猫保護団体へ寄贈された。


 開封時、メモリのLEDが一瞬だけ光り、音声が再生される。


「これは、火を記録した者の証言だ」


 そのぬいぐるみは、団体のショーケースに飾られ、“記録の猫”として語り継がれることになる。


第23話「放火の代償」終わり


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