第21話「炎上黙示録」
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第21話「炎上黙示録」
■真壁慎一視点
シンガポールに拠点を移した慎一の元に、一通の通知が届いた。
《弁護士経由による示談交渉依頼:桐生剛志より》
10億円の記録が、ついに“生身の反応”を引き起こし、加害者の父親が金銭での解決を持ちかけてきたのだ。
提案額は「1億円」。
記録者に対し、金で“記録の意味”を買おうとする試みだった。
■Zoom交渉の開始
慎一は、慎重に日時を設定し、量子通信端末を備えた部屋で、Zoomによる交渉を開始した。
その映像には、慎一の背後に“保険金で購入した量子通信端末”がわずかに映り込む。
光の反射で一瞬だけ、端末に猫のシルエットが浮かぶ。
交渉が始まると、桐生の弁護士が淡々と条件を読み上げた。
「本件は感情的な報復と理解しており、社会的穏便な解決が望ましいと考えております……」
その瞬間、慎一は冷笑を浮かべて言った。
「あなたが首を吊ったら、考えてやるよ」
■凍りつく交渉室
慎一の言葉に、画面の向こうの空気が一瞬で凍り付く。
桐生の弁護士は顔色を変え、「脅迫と取られかねない発言です」と抗議したが、慎一は動じなかった。
「なら、証拠にどうぞ。これは記録済みだ」
その言葉通り、量子通信端末はすでに全会話をリアルタイムで量子暗号化し、三重にバックアップを取っていた。
■伏線A/Tの回収
慎一が発した冷笑の直後、画面にもう一つのウィンドウが浮かび上がる。
《記録中:交渉映像/音声/デバイスログ》
その中には、最初の伏線として仕込まれた「遺書の不自然な修正箇所」と、それを精査したAI分析の記録が表示されていた。
そして、タイムスタンプが示すのは——
《最初の記録と一致:2043年5月19日》
それは、慎一の両親が死亡した“あの日”の記録だった。
すべては、最初から“この交渉”のために繋がっていた。
■桐生剛志の暴走
交渉は一時中断されたが、その数時間後、SNS上に謎のリークアカウントが登場。
『#桐生家の闇』『#記録された忌まわしき会話』
投稿には、Zoomの交渉記録が部分的に切り出され、慎一の冷笑、桐生弁護士の困惑、そして“1億円で記録を買おうとする発言”がそのまま文字起こしされていた。
SNSは炎上し、記録は“公的な審判”から“民衆の制裁”へと移行していく。
■記録炎上の連鎖
リークされた交渉記録は、多くのインフルエンサーによって共有され、テレビ局やネットニュースでも取り上げられた。
『“1億円で黙れ”と迫る企業幹部』『遺族の名を侮辱した金銭交渉』
慎一は、Botによってこれらの報道を再構成し、“炎上拡散AI”に投入。生成されたキーワード群が次々とトレンドに浮上する。
《#炎上黙示録》《#記録に焼かれる一族》《#桐生家滅亡》
それに呼応する形で、株式市場では桐生の企業が関連企業からの信頼を失い、株価が急落。
■AIの声が歪む
桐生剛志は記録炎上を止めるために、今度は自ら声明を出そうとした。だが、その音声には“歪み”が加えられていた。
それは、慎一のAIによる「音声転写歪曲機能」の演出だった。
声明動画の中、桐生の声がこう改変される。
「私の家は、正義を金で買えると教えられて育ちました——」
視聴者は戦慄し、ネットはさらに燃え上がる。
■拡散ログの自動記録
慎一のシステムは、炎上の全プロセスを記録していた。
《拡散起点:2045年5月20日 13:24》《Bot拡散回数:8,724件》
その中には、最初の伏線T——“父の事故現場地図”も、交渉記録に重ねて表示された。
「お前たちが火を点けたんだよ。俺の人生に」
慎一のモノローグが、動画の最後に記されていた。
■金融制裁の仕掛け
記録によって企業の株価が下落したタイミングで、慎一はかつて購入していた“空売りポジション”を一斉に実行。
それにより得た利益は、すべて社会福祉団体や匿名の猫保護基金に寄付された。
《取引記録:2045年5月20日 15:30/寄付総額:1億7,320万円》
その公開された明細の末尾には、こう記されていた。
『加害者の金で、命を救う。それが記録の再分配だ』
慎一の行動は、記録の“倫理的効果”として評価され始める。
■記録倫理の波及
国内の法学部やメディア系大学では、この記録を教材として取り上げる動きが始まり、学生たちの間で“記録と倫理”を議論するフォーラムが自然発生した。
投稿された意見の一つが慎一の元にBot経由で届く。
『正義は暴くものじゃない。記録して、託すものだ』
その一文を読んだ慎一は、ふと口元に微笑みを浮かべる。
「ようやく届いたな……“読者”に」
■桐生家の最終ステートメント
数日後、桐生家から正式な謝罪文が発表された。
『我々の過去の不誠実な対応により、多大な混乱と不信を招いたことを深くお詫び申し上げます』
だが、それはすでに“遅すぎる火消し”でしかなかった。
Botはすでに次の拡散フェーズに移行しており、記録の火はとどまることを知らなかった。
■記録の自己拡張
慎一は、この一連の炎上と反応を“学習データ”としてAIに記録させ、次回以降の記録拡散に最適化するアルゴリズムを生成。
そのAIモデルにはこう名付けられていた。
《NAME:APOCALOG_V1.0/別名:炎上黙示録》
Botたちはこのアルゴリズムを使い、次なる記録への下地作りを開始する。
『記録は、怒りを燃料に倫理を組み上げる装置』
■慎一の沈黙と再起動
全てが拡散された後、慎一はしばらく記録活動を停止。
だが、ログイン画面にはこう記されていた。
《次の記録対象:高瀬直樹(予定)/記録再開:2045年5月25日》
記録は止まっていない。ただ一息ついているだけ。
そして、その沈黙こそが、最も重い“次の予告”だった。
■最後の言葉
慎一は、Zoom交渉記録の最終行にこの一文を追加した。
『あなたが首を吊ったら——と、俺は言った。でもな、もうそれすら必要ない。“世界”が、あなたを吊る』
■記録の火の行方
桐生家の炎上が最高潮に達した頃、一人のジャーナリストが慎一に連絡を試みた。
彼は慎一にこう尋ねた。
「あなたが記録してきたのは、“復讐”ではなく、“教育”なのですか?」
慎一は短く答える。
「記録は、問いかけるだけだ。どう受け取るかは、“未来”の自由だ」
■記録の贈与
その言葉と共に、慎一は交渉記録ファイルを“未来の司法制度研究所”に匿名で提出した。
《提出名義:記録者/ファイル名:APOCALOG_COMPLETE》
そこに添えられたメモには、こう書かれていた。
『この記録は、かつて“怒り”から始まり、“倫理”に至った。——次の記録者へ、道を託す』
■静かな幕引き
慎一は再び眼鏡を外し、テーブルに置いた。
そのレンズには、交渉中の画面と、猫のシルエット、そして燃え上がるトレンドタグが一瞬だけ反射されていた。
それを見て、慎一は独り言のように呟いた。
「炎上の終わりは、いつだって静かなものだ。記録だけが、永遠に燃えている」
第21話「炎上黙示録」終わり