第20話「爆発前夜」
第20話「爆発前夜」
■真壁慎一視点
慎一の記録は、すべての“火種”を撒き終え、最後の“起爆装置”を構える段階に達していた。
それは、社会の仕組みそのものを揺るがす、“記録の連鎖保存”と“拡散の封印解除”によって為されるものだった。
■証拠分散保存の開始
慎一は、それまで集めた全データを複数のサーバー、国際的クラウド、民間の教育機関、そして未来研究拠点へと分散アップロードした。
各ファイルには特殊な装飾が施されており、USBメモリの表面にはこう記されていた。
《元素記号:Zk-∞/未来記録コード/2045-Ver》
このメモリには、AIによって厳選された“人類倫理史に残すべき記録”としての全証拠が格納されていた。
■最終チェックの儀式
慎一は空港の監視カメラに向かって歩き出す。
監視カメラのレンズが、ほんの一瞬だけ“猫の目”のように光を放つ。
それは、慎一が仕込んだ“量子センサー反応”だった。
彼の眼鏡が、それを静かに記録し、バックアップを開始する。
《記録完了:シンガポール国際空港/2045年5月19日 21:35》
慎一は、その映像を見届けるように立ち止まり、こう呟いた。
「記録は完了した。あとは、“読まれる”だけだ」
■記録解除のトリガー
慎一は、記録の開封条件を「社会的危機の発生時」に設定していた。
具体的には、特定のワードがニュース報道で10回以上取り上げられた場合、Botが自動的にファイルの鍵を一部解除し、選定されたユーザーに「記録片」が届くよう設計されていた。
《解除条件:汚職/人権侵害/司法不全——いずれかを含むキーワードが拡散した時》
この設計により、慎一の記録は単なる過去の記録ではなく、“未来を変える契機”として動き出す準備を整えていた。
■ミケの最後の旅
USBメモリを託す際、慎一は小さなぬいぐるみの中にそれを隠し、空港のロッカーへと預けた。
ロッカー番号は「222」。
その番号には、“にゃんにゃんにゃん”の暗喩と共に、“見守る記録者”としての意思が込められていた。
ロッカーの扉が閉まる瞬間、慎一はわずかに微笑む。
「ミケ、あとは頼んだぞ」
■監視社会への挑戦
慎一が最後に起動したのは、「監視カメラを“記録者に変える”」量子プログラムだった。
これは、各カメラが「監視」ではなく「傍観」へと機能を移し、個人の行動を裁くのではなく、倫理的判断を促す情報として“選別”する役割を持っていた。
映像の解析は即座に“感情分析”と“状況判断”に分解され、Botが判断基準を記録者に送信する。
《記録者へ:この行動は“観察に値しますか?”》
■Botの最終命令
慎一が構築したBotたちは、最終命令に基づいてそれぞれの役割を遂行するようプログラムされていた。
・拡散型Bot:過去の記録をAIにより再構成し、毎日ランダムに1件ずつ配信
・分析型Bot:世界中のニュース記事を監視し、トリガーに該当する情報を自動で記録者へ送信
・保管型Bot:全データを3層構造のクラウドに保存し、物理的災害時でも復元可能な形式で暗号化
これにより、記録は“永続性”“可読性”“発火性”を兼ね備えた最終兵器として完成されていた。
■記録という火種
空港の搭乗ゲートを通過する直前、慎一はかつて父と訪れたキャンプ場での1枚の写真を思い出す。
火を囲んだ父と、まだ幼かった自分。そして、膝の上にいた一匹の三毛猫。
「記録ってのは、炎に似てるな。誰かがくべないと、消えちまう」
父の言葉が脳裏をよぎり、慎一はポケットの中の最後のUSBを強く握る。
それは、全てを燃やし尽くす火種。あるいは、未来を照らす灯火。
■最後のメッセージ
慎一は、搭乗前に1つの匿名アカウントから、記録の“存在証明”を投稿した。
『この世に、“見ていただけの者”はいない。記録した者がいた。それだけで、世界は変わる』
その投稿は瞬時に拡散し、「観察者の遺言」として匿名ジャーナリストたちの間で語られることになる。
■デジタル遺書の仕掛け
慎一は、量子端末に“デジタル遺書”を設定していた。それは、万が一記録が破棄された場合、自動的に“倫理復元AI”が起動し、バックアップされた記録から最も倫理的に重要なデータのみを抽出して再配信するものだった。
《起動条件:原記録喪失/裁判所による削除命令/第三者の政治的介入》
記録はただのアーカイブではなく、意思を持って動く存在となっていた。
慎一は、これを“記録の自己防衛機構”と名付けていた。
■旅立ちの静寂
搭乗口で、慎一は最後に眼鏡を外し、内蔵レンズに向かってこう告げた。
「これが俺の最終記録だ。ミケ、頼んだぞ」
その音声は自動で記録され、量子暗号によってUSBの中核ファイルに統合された。
そして搭乗が始まる。空港の光が慎一を包み、全てが静寂の中へと沈んでいく。
■未来記録コードの発光
シートに着いた慎一の膝の上、ジャケットのポケットにあるUSBがほんの一瞬だけ発光する。
刻印された《未来の元素記号:Zk-∞》が静かに輝き、その光が慎一の瞳に映る。
「記録は渡した。次は——誰が、読む?」
機体が滑走路を走り出す。その振動が、記録の“火種”として世界に広がっていくようだった。
■拡散トリガーの最後の鍵
USBに隠された最後のプログラムは、未来の誰かが「猫のぬいぐるみを開封する」ことによって作動する。
そこには、小さな液晶画面とともに、こう表示される。
『このぬいぐるみは、“記録者”によって託された。あなたが開いた時点で、あなたは“記録を継ぐ者”となります』
慎一の最後の選択。それは“記録を預ける”ことによる社会の選別だった。
■記録の最後の一文
全データの末尾、慎一はたった一文だけ手書きで記していた。
『この記録は、“忘れない”という意思に支えられている』
それは、記憶の重みではない。記録の価値でもない。
“忘れなかった”という、たった一つの行動が、すべての始まりだった。
■機体離陸と記録の拡がり
機体が空を翔けると同時に、慎一のUSBが各分散先へ自動でデータを分割し送信。
分割データが到達するごとに、暗号化が解除されていく演出がスクリーンに浮かび上がる。
《記録拡散開始:第1セクター解凍完了——次段階へ》
記録は、生きていた。
慎一の姿が雲の上へと消えていく。
■記録の灯火、永遠に
機体が安定飛行に入ると、慎一は目を閉じた。
遠く、ディスプレイには猫のシルエットがゆっくり歩いていくGIFが表示されていた。
それは、誰かの手に記録が届いた証であり、次の観察者が動き出した合図だった。
慎一の手元には、父の形見の腕時計と、ミケの小さなメモ。
『記録は届いたよ。ありがとう、お父さん』
彼の心に、確かな達成感が宿る。
記録は終わらない。記録され続ける限り、正義も、倫理も、未来も、生き続けるのだ。
第20話「爆発前夜」終わり




