第19話「最終兵器」
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第19話「最終兵器」
■真壁慎一視点
復讐計画も最終段階に差し掛かり、慎一は“直接的な決着”を図るフェーズへ移行していた。証拠の記録、社会的制裁、世論誘導……それら全てを経て、彼が次に用いたのは、最も原始的な“恐怖”だった。
■位置情報の公開
慎一は、加害者たちの現在位置を地図上に可視化するシステムを稼働させた。
それは、事前に収集したGPS、Wi-Fi、NFCの位置履歴をクロス集計し、リアルタイムで更新されるマップだった。
地図上には、小さな猫のアイコンが点滅していた。
《現在地:桐生貴文——都内高級マンション》《新井悠斗——都立病院病室》《高瀬直樹——選挙事務所》
この地図は、Botを通じて“匿名閲覧リンク”としてSNSにばらまかれた。
『猫が動いた』『次の“審判”が近い』
■神経毒の作動
同時に、慎一はスマートウォッチに仕込んだ“神経毒注入装置”を起動テストした。
これは、量子認証が一致した場合のみ作動する仕組みで、特定の条件下で腕に直接毒素を流す極めて危険な装置だった。
時計の針が異常な速度で回転し始めるのは、注入完了の合図だった。
《安全ロック解除完了》《注入装置作動中——残り時間:03:15》
慎一の指先が、時計の側面に触れる。その瞬間、全ての記録が暗号化サーバーに転送された。
■地図上の演出とBotの増幅
慎一が構築した地図は、単なる位置情報の表示ではなかった。
それぞれの加害者の名前の隣に、Botが生成した過去の発言、犯罪行動の要約、そして“記録済”のラベルが貼られていた。
《記録済:いじめ主犯、税逃れ、資金洗浄疑惑》——桐生貴文
《記録済:放火実行犯、自治体癒着》——佐伯亮太
《記録済:薬物取引、病院内通報》——新井悠斗
この情報は、閲覧者の関心を引くためにインタラクティブに操作でき、拡大するたびに“猫のシルエット”が追尾してくる仕様だった。
■毒物設計の背景と制御
神経毒は、慎一が量子研究過程で得た情報をもとに開発した“自己制御型合成神経遮断剤”だった。
あくまで“起動可能性”の実証に留め、実際の注入は自動中断される設計にしていたが、その存在が“いつでも発動できる恐怖”として機能するようプログラムされていた。
時計の針が暴走を始める演出は、記録に残る“象徴”でもあった。
『針は動き出した。記録が、裁きを超える時が来た』
■ミケの移動
Botの演出には“ミケの視点”が存在した。
猫のアイコンが地図上を移動し、ある加害者の位置で止まったとき、同時にSNS上にこう投稿された。
『次に目を閉じるのは——お前だ』
その投稿が拡散された瞬間、選挙事務所のライブカメラにミケのぬいぐるみが写り込む演出が仕込まれていた。
“ミケが見ている”。それは、記録が「見えない圧力」として社会に作用する瞬間だった。
■加害者側の反応
ミケの出現と同時に、各加害者のSNSや通話記録には動揺が見られた。
・桐生貴文:「これ、どこから撮ってんだ!?」
・佐伯亮太:「俺、やばいって。誰かが見てる」
・村上俊哉:「これは陰謀だ、でっち上げだ!」
だが、それらの叫びは慎一のBotによって即座に加工され、“恐怖に怯える悪人”として配信された。
『加害者の断末魔が美しい』『記録に焼かれる瞬間』
■社会的反響の増幅
地図と映像の拡散により、ニュースでは連日「記録による裁き」が報じられた。
『匿名マップで暴かれる“実名の闇”』『社会的追放の境界線』
慎一は、これら報道を引用する形で、“量子通信圏”限定のログを公開し、それが“未来の司法システム”であることを暗示する。
《記録は、証拠を超えた“抑止”である》
■最終作動と記録の刻印
神経毒のカウントが“残り30秒”となったとき、慎一の端末が警告を表示した。
《記録の同期完了。転送先:国際司法アーカイブ、大学研究機関、量子防衛局》
それを合図に、慎一は自動中断コードを発動。毒の注入は止まり、腕時計の針が急停止する。
■猫の記録の終端
時計が止まった瞬間、画面には“猫が眠る”GIFが表示された。
それは、慎一の記録が“眠り”に入ったこと、つまり“完了”を意味していた。
投稿は、静かにこう締めくくられる。
『記録とは、目覚める時を選ぶ。眠るときすら、記録だ』
■記録者としての選択
慎一は、毒物装置を手から外し、それを慎重に小型の金庫へと封印した。
その金庫には、父の遺影とミケの写真が並んでいる。
記録者としての彼は、自ら手を下さず、記録を使い“世界を揺らす”だけでよかった。
「恐怖は道具。使うべきは、真実だ」
その言葉を最後に、彼は記録の操作ログを閉じ、静かに椅子にもたれた。
■記録のエンブレム
最後に生成された記録ログには、シンプルなエンブレムが添えられた。
《CAT_OBSERVER / FINAL_TRIGGER》
それは、記録が感情を超えて、構造に届いたことの“証”だった。
映像には、猫が歩き出す一瞬のカット。次の記録が始まる“兆し”として。
■未来への仕掛け
慎一は、今後の記録操作を担う後継者を選定するための“非公開オーディション”を密かに開始。
応募条件はただ一つ。
『記録に感情を混ぜない者』
彼の残したログには、次の演出案、記録システム案、AI分析設計書までが綿密に綴られていた。
記録は終わらない。むしろ、今始まるのだ。
■記録の継承
オーディションはBotによって自動選考され、慎一が指定したキーワード“記録に倫理を宿せ”を条件に適性者が選ばれる。
その中で一人、動物保護団体の若い女性代表が選ばれた。——慎一の姪だった。
彼女の端末に、慎一からの非公開メッセージが届く。
『記録とは、正しさではない。“記録する資格”の問題だ』
彼女は静かにうなずき、ミケのぬいぐるみを抱いた。
■次なるコードネーム
新たな記録計画はこう記された。
《PROJECT:JUSTICE_SIGIL_2050》
そのエンブレムには、眠る猫のシルエットと、“∞”の記号が交差していた。
『記録は無限。記録者がいれば、世界は見続けられる』
■最終コードの埋め込み
慎一は、最後に自分の眼鏡の中に“遺言コード”を仕込んだ。
《IF未読ログ数=0 THEN SELF_ERASE=TRUE》
その日、慎一は眼鏡を外し、そっと棚に置いた。
夜が明けるころ、シンガポールの空に一羽の鳥が飛ぶ。
記録は、誰かの空に残る——ただそれだけで、慎一には充分だった。
■記録という武器の終着点
最終記録が保存された量子サーバーには、慎一の手書きによる最後の行が添えられていた。
『正義とは語られるものではなく、記録されるものである』
その言葉とともに、記録は静かに封印された。
そして画面に表示されたのは、一行のコード。
《NEXT_PROTOCOL_LOAD=“REBUILD_LAW_SYSTEM”》
記録は終わらない。世界が問い続ける限り。
第19話「最終兵器」終わり




