第17話「万引き劇場」
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第17話「万引き劇場」
■真壁慎一視点
復讐計画の次なる舞台は、“商業空間”。加害者たちの罪が「倫理的逸脱」から「明確な法令違反」へと移行する中、慎一は「万引き」という一見小さな犯罪行為をもって、その“本質”を可視化することに決めた。
今回の主役は、加害者C・村上俊哉。
慎一の狙いは、彼を“習慣的な窃盗犯”として社会的に葬ることであった。
■万引き映像の設計
慎一は、村上が実際に訪れた高級雑貨店の構造を3Dスキャンで再構築。映像編集AIによって、村上が商品の小物を服の袖に滑り込ませる動作をシミュレートし、現実さながらの映像を完成させた。
映像は、天井の監視カメラ風の視点で撮影されており、画面上にはショップ名と日付、タイムスタンプ、GPS情報、さらにはAI判定による動作分析が重ねて表示された。
《動作分類:意図的持ち出し(確度:93.1%)》
この映像を慎一は“匿名リーク”として流出させる準備を始める。
■クレジットカードの流出
村上が使っていたクレジットカード番号は、慎一が過去に解析していた財務データから逆算し、決済ログを再構成して得たものであった。
その番号は偶然にも「2045」から始まる特徴的な数字列で始まっていた。
慎一はこのカード番号の一部を“画面の右下”にだけ残した状態で、偽造された買い物ログと共にリーク資料として加工した。
『このカード、盗品購入にも使われてたらしいぞ』
『また“親の金”かよ。ホントにクズだな』
■Bot拡散の波
慎一のBotたちは、これらの映像と資料を瞬時に拡散。ツイート数は30分で8000を超え、“倫理的批判”と“経済的悪意”の両面から村上を圧迫していく。
また、コメント欄にはAIが生成した“被害者女性の証言風投稿”が表示された。
『あの子、昔から学校の備品とか勝手に持ち出してた。今思えば予兆だったのかも』
慎一はこれを“記録の伏線回収”と呼んだ。
■店舗モデルと証拠の融合
3Dスキャンされた店舗モデルは、映像としての迫真性だけでなく、証拠としての説得力を高める要素でもあった。
AIは村上の歩行軌跡、視線、手の動きまでを再構成し、「商品への接触→袖への移動→レジ外のルートへ離脱」という万引き典型のパターンを浮かび上がらせた。
《動線一致率:89.5%》《証拠一貫性指数:92.3%》
慎一はこの映像を「教育資料」としてダミーの法学部向けコンテンツサイトにアップロード。そこから流出する“学術的議論”が、拡散の第三波となることを狙っていた。
■SNSと報道の連動
Bot群の指示により、映像を引用する形で投稿された内容が、徐々にニュース番組の“視聴者投稿”欄に引用され始めた。
『この映像、うちの子が見たって言ってる。怖くて買い物行けないって』
『これが“躾けられなかった息子”の末路か』
慎一は映像に“感情引き起こしアルゴリズム”を適用しており、画面の揺れやノイズ音、被写体の拡大などを通して“罪悪感”と“嫌悪”を引き起こす演出を仕込んでいた。
■村上母の反応
事態が拡大するにつれ、村上真理子は裏でマスコミに“映像が不正取得である”という抗議文を送ったが、それ自体がさらに報道のネタとなった。
『息子の万引き動画は“合成”と主張? 医師の母が苦しい言い訳』
Botが自動生成した記事タイトルがトレンドを攫い、慎一の用意した次の攻撃手段が発動する。
■司法連携の擬似構築
慎一は映像と決済ログの整合性を解析したAIレポートを、匿名で警察の内部通報フォームに送付した。
レポートには以下の情報が含まれていた。
《記録件数:3》《店舗名:LUXE JAPAN銀座本店》《映像解析一致率:93.8%》
これは実際の証拠にはならないものの、“通報があった”という事実を報道が引用するだけで、社会的には「疑惑が公認された」構造を作れる。
■“演劇”としての告発
慎一は、これらの記録を「公共犯罪劇場」という架空のWebコンテンツの一幕として再構成した。タイトルは《第12幕:窃盗の構図》。
観客コメント風の投稿が次々とBotで生成される。
『劇場型犯行とはこのことか』『ここまで演出されたら否定もできない』
慎一はここに、「人が信じるのは証拠ではなく、“構造”である」という前提を仕込んだ。
■花束と猫の余韻
そして最後の投稿。
三毛猫の後ろ姿と、高級店のレジ前にぽつんと置かれた花束の写真。
『買えなかった。盗るしかなかった。——それは、誰の責任か』
慎一はBotの活動を停止し、端末を閉じた。
記録は完成した。
■金融記録の浮上
慎一は村上のクレジットカード決済履歴の中から、特定の“高額購入”が実際には店舗で行われていなかった痕跡をAIにより抽出させた。
それを基に“疑似電子領収書”を作成し、万引き行為と“ポイント換金詐欺”の関連を示唆する投稿を展開した。
『商品は持ち帰って、ポイントだけは溜めた?』『これは常習の証拠では』
SNSでは「詐欺型万引き」の新語が生まれ、大学生犯罪として“構造的な問題”が取り上げられ始めた。
■店側の対応と報道炎上
慎一は、実在する高級店の問い合わせフォームに、動画と一致する構造情報を“善意の通報”として送信。
その結果、店側は警備体制の見直しを発表。だがそれが「やはり事実なのでは?」という新たな憶測を呼び、報道番組が店名を伏せたまま動画を放映。
『高級雑貨店にて、不審な持ち出し行為が——SNS上で大きな反響』
慎一はそのニュースを録画し、Botに「証拠映像と一致」と表示させる演出を加えた。
■記録の閉鎖と保存
すべてを終えた慎一は、万引き事件の記録ログを量子署名付きファイルにまとめた。
《記録名:Murakami_Theft_Log_2045》
そのサムネイルには、猫の背中と夕焼けに染まる店の外観。
『小さな罪が、大きな構造を炙り出す』
■記録という幕引き
慎一は、すべての投稿と映像、解析ログをアーカイブに格納し、再生権限を一時ロックした。
ファイルにはただ一言——
『この劇の観客は、あなた自身だった』
画面には、最後にミケが振り返るGIFが映し出され、端末が自動でスリープ状態へと移行した。
慎一は椅子を離れ、バルコニーに立つ。
次の“幕”が上がる前の、静かな休息。
■未来の観客へ
慎一は、今回の“万引き劇場”を、将来的な刑事教育や社会倫理教育に使用できるよう再編集したバージョンも作成した。
そのファイル名は《Civic_Lesson_Theft2025》。
記録にはこう記されていた。
『劇として記録された犯罪が、現実を変える。その時、人は記録を“教育”と呼ぶ』
慎一は静かにそのファイルをクラウドへアップロードし、画面を閉じた。
「これで、次の準備が整った」
第17話「万引き劇場」終わり