第16話「共食いの宴」
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第16話「共食いの宴」
■真壁慎一視点
慎一の記録は、ついに加害者たちの“親世代”同士を直接衝突させる段階に達していた。それぞれの罪、過去、隠蔽、保身が浮き彫りになった今、慎一の狙いは“共食い構造”の構築だった。
標的は、彼ら全員。
慎一はまず、脱税に関わる一連のデータを分割して公開した。ファイル名は明快だった。
《land_fraud_data_v2.zip》
これは、桐生家の土地取引に佐伯家の建設業者が関与し、村上家の医療法人が診療報酬を“隠れ資金”として操作していた記録である。
■Bot拡散の新仕様
慎一は、今回の作戦に特化したBotを再構成した。それは、対立と告発を誘導するアルゴリズムを持ち、拡散される投稿が自然に“対立”を呼び込むよう設計されていた。
『土地偽装に使われた病院名、村上じゃなかった?』
『この建設業者、佐伯のとこだよな。癒着確定?』
投稿は瞬時に火をつけ、各家庭に“自己保身”を最優先させる動機を与える。
■情報リークによる交錯
慎一はさらに、“匿名リーク”という形で、各親たちの過去の金銭やりとりを細かくマスコミへ提供。
交渉メール、裏金帳簿、署名入り契約書の画像ファイル。どれも正規ルートからでは得られない情報ばかりだった。
『佐伯正則と村上真理子が裏口医大の件で通話記録あり』
『新井佳代の薬局経由で脱法薬物が一部資産に変換』
これらの情報は、報道合戦へと変貌し、それぞれの親が“他の親を切り捨てる”発言をするよう仕向けられた。
■記録の舞台装置
慎一のデータベースには、すべての動きを監視・記録する“舞台ログシステム”が搭載されていた。
《現在の記録構成:家庭間対立=進行中/破滅指数:67.8%》
Botが自動生成したニュース記事の中に、意図的に“加害者親同士の責任転嫁コメント”を挿入することも可能だった。
慎一はそれらを選別・増幅し、画面に映る“現実の再構築”に満足げに目を細めた。
「これが“共食い”だ。俺が焼いた皿の上で、勝手に食い合う」
■デジタル相続崩壊
慎一は、村上家と佐伯家の“後継者資産”が共通して仮想通貨で管理されている点に目を付けた。慎一が操作するBotが、それぞれの家からアクセスされた資産記録をスクレイピングし、匿名掲示板に以下のような投稿を展開した。
『村上家の資産、仮想通貨で海外に移動中。税逃れ確定?』
『佐伯家の息子名義ウォレットに動き。脱税の証拠になるかもな』
これにより、SNS上では“脱税合戦”が話題となり、さらに親世代の信頼関係は崩れていく。
■ミケの出現
そんな中、Botの投稿の一部には、またしても“猫”の画像が登場した。
三毛猫が花束の隣で静かに座る写真。そのキャプションはこうだった。
『誰かが見てる。この騒ぎの外から』
猫の存在は、慎一の“観察者としての象徴”であり、すでに一部のユーザーの間では「猫=記録者」の隠喩が通じるものとなっていた。
■自殺未遂の傷跡
共食いの情報戦が最高潮に達したある日、ネット掲示板に一つの投稿が現れた。
『病院で搬送された自殺未遂者の手首に、猫の爪痕が残っていたって話、聞いた?』
慎一が用意していた写真には、確かにそう記されていた。小さな爪痕、それが現実と虚構の境界を揺らす“証拠”となった。
その投稿は瞬時に拡散され、“誰が傷ついたのか”“誰が傷つけたのか”という論争を巻き起こした。
■自動裁判システムの模擬運用
慎一は、AIが過去の法廷記録を参照して模擬裁判を行うプログラム「JudgmentSim」の実験運用を開始した。
そこには、加害者A〜Eの親たちが被告席に並び、それぞれの過去の発言や行動、財産移動の記録が次々と表示される。
《判決予測:連座責任34%/脱税有罪58%/社会的制裁完了=72%》
慎一は、この結果ログを“未来判決の記録”として匿名アカウントから配信し、社会全体に“裁きの可能性”を意識させることに成功した。
■拡散収束と記録化
最終段階として、慎一は全ての拡散記録と反応ログを量子暗号によって封印し、以下のラベルを付して安全な分散サーバーへとアップロードした。
《共食い記録フォルダ:Feast_End2045》
《記録者:M.Shinichi/署名済》
ファイルが暗号化された瞬間、サーバー画面にはこう表示された。
『この宴の記録は、永久保存対象です。次回再生時:2055年』
慎一はその表示を眺めながら、静かに目を閉じた。
■観察者の沈黙
マンションの窓の外で、夜風が猫の鳴き声を運んでくる。
慎一は、録音をオフにし、眼鏡を外した。そしてひとこと、誰にも聞こえない声で呟く。
「記録は、観察者が手を引いた後も、生き続ける」
■記録の余熱
Botログに残された最後の投稿は、極めて静かな言葉だった。
『記録が火を放ったのではない。火を望んだのは、記録を読んだあなた自身だ』
その投稿は一度だけ再投稿され、やがてトレンドから消えていった。
■“共食い”の定義
データベースに追加された備考にはこう記された。
『共食いとは、互いの不正を隠すために結束した者たちが、保身のために互いを食い合う現象である』
慎一の用意したこの定義は、ジャーナリズム講座で使われることになり、ある大学教授がこう評した。
「これは、“現代日本の構造”を最も簡潔に表現した言葉だ」
■次の計画へ
慎一は、次の記録計画ファイルを開いた。
《次標的:金融機関および教育機関への情報流通経路操作》
そのファイルの中で、小さな猫のアイコンが明滅していた。
次の“宴”の幕が、音もなく上がろうとしていた。
■静かな終わりと未来
慎一は、すべての記録を見届けたあと、量子端末を閉じた。デスクの横には、小さな花束とミケのぬいぐるみ。
その傍らに添えられたメモには、こう記されていた。
『ありがとう。あなたの記録が、誰かの勇気になった』
慎一は微笑む。
「この記録が、未来に残る“倫理”になるのなら、それが俺の勝利だ」
■記録の再生権限
慎一は、今回の記録にアクセスできる権限者を5名までに限定し、それぞれに量子鍵を分割して渡す設計を施した。
《再生対象:未来司法研究所、匿名調査機関、某国大学講座、倫理教育機構、そして——姪》
姪の端末には、猫のシルエットと共に静かなメッセージが表示される。
『あなたは、記録を見る資格があります』
慎一は遠くを見ながら、こう呟いた。
「俺の記録が、復讐を超えて、“社会の構造”に触れたなら——それだけでいい」
■未来への警告
ファイルの末尾に、慎一は最後の文を加えた。
『この記録は、未来の“あなた”に読まれることを前提として作られている。今、この時点ではなく、あなたが“変わるとき”のために存在する』
記録とは、過去を伝えるのではなく、変化のきっかけを残すもの。
それが、慎一の信じる記録の力だった。
第16話「共食いの宴」終わり