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第15話「痴漢炎上」




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第15話「痴漢炎上」


■真壁慎一視点


 標的は加害者E・高瀬直樹。女癖が悪く、軽薄で自己顕示欲が強い。慎一は、法の罠でも世論の裁きでもなく、今度は“性”という最もセンシティブな領域を使った炎上を仕掛けた。


 そのための準備は、かつての小さな実験から始まっていた。


■猫動画アカウントの侵害実験


 SNS操作のため、慎一は練習用に選んだ“猫動画投稿者”のアカウントを侵害する演習を数年前に実施していた。そのアカウントには、日常の猫の様子が淡々と投稿されていた。


 その後、Botの演習場として活用され、慎一は“情報の流れ方”と“感情の接触点”を分析する土台を得た。


「このアカウントは、小さなデータだが、大きな波を起こす試金石だった」


■SNS乗っ取り作戦の展開


 慎一は、高瀬のプライベートSNSアカウントに対して攻撃を仕掛けた。彼のパスワードは使い回し、セキュリティも杜撰だった。


 Bot群が一斉に動き、彼のSNSに以下の投稿を流すようプログラムされた。


『満員電車で胸が当たる瞬間が一番興奮する』


『最近の女子高生って露出激しいよね、誘ってるって気付けよ』


 慎一は投稿内容をAIで感情調整し、見る者に「本音」と錯覚させる構成にした。


■拡散の起爆点


 投稿は瞬時に拡散され、“本物か否か”を問う議論が起こる。Botはその中に、あえて“擁護”と“否定”の両方を混ぜ、話題性を増幅させた。


 30分後には、関連タグがトレンド入り。


《#痴漢発言》《#女子高生差別》《#SNS乗っ取り?》《#高瀬直樹》


■選挙資料の改ざん


 次に慎一が手を伸ばしたのは、高瀬の父・宏樹が立候補を予定していた選挙用資料だった。


 かつて父の遺品から見つけた万年筆——慎一はその筆跡認証技術を活かして、宏樹の資料に微細な“誤字と文体ズレ”を加えた改ざんファイルを作成した。


 それは外部から見れば「内部犯行」としか思えない構成だった。


「情報は、誰が書いたかではなく、誰が“見せたか”が全てを決める」


■Bot拡散の本格展開


 SNS乗っ取りによる投稿が拡散された後、Bot群は次の段階として“証拠”の補強へ動いた。投稿に合わせて、かつて高瀬が友人たちとやり取りしていたグループチャットのログを改変・再構成し、それをスクリーンショット画像としてばらまいた。


 加工ログ例:


『あの女、電車の中で超ムラムラした』

『やっぱ俺って女子高生マニアかも(笑)』


 Botはこのログと一緒に、匿名投稿として「昔のLINEのスクショ」と題してアップロード。


 感情反応を増幅させるため、画像には「ぼかし加工」や「涙マーク」をAIで挿入。閲覧者が“怒り”や“恐怖”を感じやすい仕様だった。


■校内での余波


 この情報はすぐに高瀬が通う大学、さらには過去に通っていた高校にも波及した。


 過去の女子生徒たちがSNS上で匿名の証言を始める。


『文化祭の時、急に背中触られたことある』

『廊下でわざと身体当ててきたのが高瀬だった』


 慎一のBotはこの証言を検出・拡散し、「#痴漢常習犯高瀬」のタグとともに再投稿。


《感情分析結果:共感率72%、怒り指数81%》


 “裁き”は加速度的に進んでいった。


■メディアと政界への波及


 トレンド上位に長時間居座ったことで、ワイドショーやネットニュースも高瀬直樹と父・宏樹の名前を報じ始めた。


『選挙を控えた地方議員の息子が痴漢発言? SNS乗っ取りの可能性も』


 しかし慎一の仕込みは周到だった。擁護を試みたコメントに対して、Botが“過去の発言矛盾”を提示し、印象操作で擁護者を黙らせていく。


 父・宏樹の過去の「女性軽視発言」も同時に掘り起こされ、投稿はこう拡散された。


『親子そろって女を道具としか見てない。 #遺伝ですか?』


■選挙事務所への衝撃


 高瀬宏樹の選挙事務所では、早朝から電話とメールが鳴り止まなかった。


 「息子の発言に説明責任を」「これは政治家の倫理として問われる問題だ」——支援者からの声が絶えず、ボランティアスタッフは次々と辞退を表明していった。


 さらに慎一は、AI合成音声によって“父・宏樹が語ったように聞こえる”偽の音声を生成。SNSに投稿されたその音声は次のような内容だった。


『息子の痴漢癖は……まあ、私の血筋かもしれませんな』


 Botはこの音声を「録音流出」として拡散し、トレンドに乗せた。


 反応は瞬時だった。


『冗談でも言っていいことじゃない』『この親子、終わってる』


■偽アカウントの総動員


 慎一はこの作戦のため、これまで温存していた偽アカウント1000件を一斉投入した。


 それらは全て“女性のアバター”を持ち、痴漢被害を語る口調で連携投稿を開始。


『私も以前、似たような体験を……』


『こんな政治家の息子に未来を託すなんて無理』


 Botは被害者同士の“共感ネットワーク”を再現するため、相互フォロー・リツイート・コメントを交差的に展開。


 この現象は、一種の“情報のフラッシュモブ”と化していった。


■最終段階——記録の刻印


 全ての作業を終えた後、慎一は操作画面にこう記録した。


《Event_Log: TakaseChikan2045》

《生成日時:2045年5月10日 23:57》

《記録者:真壁慎一/記録形式:量子署名+信頼指数99.1%》


 最後に慎一は、小さく呟いた。


「これは、世論が裁いた記録。だが——俺が導いた裁きでもある」


■静かなる凱歌


 慎一はシンガポールのマンションの一室で、AIによる拡散ログを眺めていた。すべてが緻密に設計され、狙った時間に爆発し、そして確実に標的を焼き尽くしていた。


 スマートウォッチが一度震えた。


《速報:高瀬宏樹、選挙戦からの撤退を発表》


 慎一は眼鏡を外し、ふっと息を吐いた。


「ひとつの“遺伝”が、ひとつの政治を終わらせた。記録とは、未来を選び取るものだ」


 その言葉を録音することなく、彼はただ静かに夜を見つめていた。


■記録の余白


 その夜、慎一は全てのデータをまとめたログフォルダを“非公開アーカイブ”へと移行し、その鍵を一つのコードに変換した。


《記録暗号:NEKO-CHIKAN-END2045》


 ファイル転送が完了すると、モニターに猫のシルエットが現れ、こう表示された。


『これは終わりではない。記録とは、常に“次の炎”を孕んでいる』


 慎一は、誰に聞かせるでもなく、こう呟いた。


「次は——誰の記録を、残すかだな」


■証拠という“生き物”


 ログを確認しながら、慎一はあらためて思った。証拠とは静的なものではない。感情、記憶、共感によって生き、呼吸する。


 記録とは、人の心に生きる“もうひとつの真実”だ。


 そう信じて、彼は次のデータを開いた——次の標的へ向けて。


■未来を写す鏡


 記録は、過去を暴くだけではない。未来を、いかに選ぶか。その問いを突きつける鏡でもある。


 慎一はその鏡を見つめ、最後にこう言った。


「俺の記録が、誰かの選択を変えるなら——それこそが、本当の復讐だ」


第15話「痴漢炎上」終わり





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