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第14話「薬物地獄」






第14話「薬物地獄」


■真壁慎一視点


 次なる標的は、新井悠斗。陰湿な性格と薬物への依存——それらは表沙汰になりにくい分、慎一の“記録主義”にとっては最も扱いやすい素材だった。


 慎一は、まずAIによる深層合成映像を完成させることから着手した。


 編集画面には、慎一が設計した新たなレイヤーが表示されていた。


《深層学習Lv.9/構成:感情シミュレーション+音声変換+時系列同期》


 これは、単なる合成ではなく、“記録を精密に模倣した現実”だった。


■AI合成動画の完成


 合成された映像には、新井が薬物を摂取し、錯乱状態で暴言を吐く様子が映っていた。表情の揺らぎ、手の震え、眼の動きまでが、過去の記録をもとに忠実に再現されていた。


 映像の右下には、慎一が仕込んだ認証タグが光る。


《認証コード:AI-VREC-0095/信頼性指数:92.7%》


 この動画は、既に事実として複数の“現場音声”と一致しており、仮に調査されても“記録の再構成”として法的効力を持ちうる。


■厚労省への直訴


 慎一は、この動画を含む“薬物乱用実態報告書”を、厚生労働省の内部告発窓口に向けて送信した。


 封筒のシールには、慎一が開発した“量子暗号シール”が貼られていた。


《QCryptoSeal_2045/開封者記録ON》


 開封された瞬間、データはクラウド上に記録され、全ての転送ログが慎一のセキュリティネットワークに同期される仕組みだ。


■Botによる世論形成


 慎一は、薬物関連の情報を拡散するため、Bot群に以下の命令を与えた。


《タグ:「薬物常習者」「違法入手ルート」「被害者証言」「精神崩壊」含有で拡散》


 拡散投稿例:


『まさか地元のあいつが、薬やってたなんて……』


『新井悠斗って、昔から人の目見て話せなかったよな……そういうことか』


 これらの投稿は、徐々にネット上で“点”から“線”へと繋がり、いずれ“面”を形成し始める。


■闇映像の切り札


 慎一は、かつて新井が薬物を他者に渡そうとした瞬間を撮影した隠しカメラ映像を持っていた。


 その映像の中で、彼は薬の袋を手にしながら、こう言っていた。


『バレなきゃいいんだよ。こっちは“裏”の付き合いなんだから』


 その瞬間の映像には、慎一が開発した「視線検出マーカー」が赤く光っていた。


「自分の罪を、“自分の目”で見せる——それが、俺のやり方だ」


■拡張現実による再構築


 慎一は、AR技術を活用し、“薬物中毒の可視化”を実現させるデモ映像を作成していた。それは、新井が見ていた幻覚の世界を再現し、その不安定な精神状態を視覚的に表現するという試みだった。


 映像では、街の通りが歪み、猫の鳴き声が重低音に変化していく。人の顔はぼやけ、空が血のような色に染まる。


「これが、“見える地獄”だ」


 慎一はその映像を教育用資料として加工し、関係機関に匿名提供した。


■“ミケの視点”の再利用


 慎一は、姪が保護していた三毛猫の視点を模した映像を、再び演出に取り入れた。


 その目線からは、新井が薬物により情緒を乱し、動物に対して暴言を吐くシーンが再現されていた。


 映像には、慎一が挿入したナレーションが流れる。


『私には何もできなかった。ただ、見ていることしか』


 それは、被害者の無力感と、傍観者の苦悩を同時に訴える構造だった。


■医療業界への揺さぶり


 新井の母・佳代が経営する薬局チェーンの取引履歴にも、慎一は介入していた。


 過去の薬品仕入れデータを解析し、一部が医師免許のない人物に渡っていた疑いをAIで検出。慎一はその記録を厚労省と報道機関の双方に提供した。


 Botはすぐに拡散を開始。


『薬局で“闇流通”? 地元薬剤師が不正関与か』


『患者の命より、家族の保身を選んだ代償』


■崩壊の始まり


 報道が過熱する中、新井悠斗は大学を休学。母・佳代は会見で涙ながらに弁明を繰り返すが、慎一のBotが同時に“過去の虚偽発言”を並列表示し、その矛盾を浮き彫りにした。


『反省してます(2025年)』→『薬物関与は確認されていません(2024年)』


 慎一の復讐は、言葉の“時間差”すらも武器に変えていた。


■姪の訴えと共感の波


 慎一は、姪が動物保護団体の会報誌に寄せた一文をBotに組み込んだ。


『あの夜、誰かが玄関先に小さな花束と一緒に三毛猫を置いてくれました。あれが、私の世界を変えました』


 慎一はこの文章に、ミケの映像と音声合成ナレーションを重ねた“共感誘導型投稿”としてSNSへ拡散。


 その結果、SNS上には「#動物と共に生きる」「#あの猫が教えてくれた」といったハッシュタグが自然発生的に拡がり始めた。


 薬物の話題に“生命の尊さ”を接続することで、情報の広がり方を“感情”に変換したのだ。


■記録の最終提示


 慎一はすべての記録を最終化し、AIによる記憶再現ファイルを作成。それは、実在する裁判記録に準じたレイアウトで構成され、仮想の証言者・法廷・資料が時系列で構成されていた。


 ファイル名はこう記された。


《Case_NewAraiJPN_CompleteReport2045》


 最下部には慎一のサインがある。


《記録者:M.Shinichi/記録日時:2045年5月/証拠信頼度:97.3%》


■“裁きの可視化”


 全てを終えた慎一は、再びバルコニーに出て、静かに夜の街を見つめた。


 スマートウォッチが通知を鳴らす。


《新井悠斗氏、警察へ出頭》


 静かに、慎一は眼鏡の録音機能をオフにした。


 記録は、終わった。


■記憶の余韻


 真夜中、慎一は量子サーバーのログイン画面を開き、一つだけ操作を加えた。


 それは、今回の“薬物地獄”に関連する全データを暗号化し、未来の日付——2050年5月1日に自動で公開される設定だった。


 この記録が再び世に現れる時、社会はどうなっているのか。


 慎一は、誰にも届かぬ問いを胸にしまいながら、そっと画面を閉じた。


「証拠は、一度だけ裁きを下すのではない。何度でも、世界に問いかけるんだ」


■静かなる帰結


 翌朝、国営放送が新井悠斗の出頭と薬物所持容疑を報じた。だがそのニュースは、もはやセンセーショナルではなかった。


 ネット上では、彼の過去、家族、社会とのつながり、全てが“可視化された記録”として人々の記憶に刻まれていたからだ。


 慎一は、眼鏡の内蔵レンズに映るニュースを見ながら、静かに呟いた。


「この記録が、再び誰かの正義になるなら……それでいい」


 彼にとって復讐とは、怒りを燃やすことではなかった。真実を、未来にまで残すことだった。


■記録から伝播する未来


 慎一は、自身の量子プロトコルに記録ファイルの複製を走らせた。送信先は教育機関、研究施設、そして匿名ジャーナリストのネットワーク。


 だれが見ても、“何か”を感じる記録。それを社会に残すことが、彼にとっての“裁き”だった。


 ファイルの転送が完了したとき、画面には小さな猫のシルエットが浮かび、次の言葉を残して消えた。


《この記録は、ただの過去ではない——未だ続く未来である》


第14話「薬物地獄」終わり








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