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第10話「最終調整」




第10話「最終調整」


■真壁慎一視点


 復讐計画は佳境へと進み、いよいよ“最終調整”の時を迎えた。これまで築き上げてきた証拠、構造、関係性、影響力。それら全てを一つの形へと収束させる——そのための“物理的撤退”と“情報的爆破”の準備が必要だった。


 慎一は、シンガポール移住の最終契約を確認していた。画面に映るマンション契約書には、他のどの文書にもない特異な条項が記されている。


《自動消去プロトコル条項:指定時刻にて全サーバー記録を遠隔削除。第三者復元不可能》


「この条項が、俺の“出口”になる」


■最後のデータ収集


 慎一は、自身の量子サーバーの前に立ち、各復讐対象の「最終ログ」を確認していた。高瀬直樹のSNS上での動向、村上俊哉の依存による精神状態、新井悠斗の薬物接触記録、佐伯亮太の家庭内暴力データ。


 そして、全てを“オーバーレイ”するように重ねられていたのが、父の事故現場の地図だった。かつて慎一の両親が命を落とした交差点。未来の彼が自ら確認した“隠された証拠”が、そのマップ上に表示されていた。


《伏線J回収:父の事故現場地図 オーバーレイ完了》


 地図上には不自然なカーブ、ブレーキ痕の欠如、監視カメラの死角が示されていた。


「やはり、“偶然”ではなかった」


■Botの最終命令


 慎一はSNSのBot群に最後の指令を与えた。


『拡散条件:「加害者家族名」「資金源」「隠蔽」「土地問題」「薬物」一致時、30秒以内に投稿開始』


 これは、慎一が準備してきた各データが社会のどこかで“自然に発火”するためのトリガーだった。


「もう俺の手で広げる必要はない。火は空気の中で育つ」


■最後の対話


 その日の午後、慎一はクロとオンライン通話を行った。画面にはノイズ混じりの仮面が映っていた。


「本当に、ここまでやるのか?」

「全部終わらせる。そのために俺は戻ってきた」


 クロはしばし黙った後、小さく言った。


「……あんた、本当に変わったな。昔の真壁慎一なら、まだ“許し”を求めてた」


「50年分の“絶望”が、俺を作った。今の俺には、“赦す”理由がない」


■最終ファイルの整理


 慎一は、復讐計画の全体構成図をモニターに表示させた。人物相関図、証拠連結図、炎上進行度、法的対応範囲、そして海外移住後の資金移動計画まで、すべてが一つの図に統合されていた。


 最後に一つ、彼はUSBメモリを取り出し、そこにすべてのログをコピーした。記録の最後に、こう刻まれていた。


《Q-Protocol: 父のアカウント@2045——再帰不可形式で保存完了》


「これが、父の記憶に対する俺の“応答”だ」


■空港への布石


 慎一は、空港監視カメラに関する情報も事前に調査していた。主要な監視カメラの解析ソフトに、Bot経由で細工を施していたのだ。出国時の録画データには、慎一の姿が“猫の目”で光る特殊フィルタを通して記録される。


 つまり、誰かがその映像を確認しても、そこに映るのは“真壁慎一”ではなく、“猫の瞳に見守られる存在”だった。


 この細工は、情報と肉体を分離する象徴であり、慎一にとっての“証明消去”だった。


「俺はもう、ここにはいない。いるのは“記録”だけだ」


■姪からのメッセージ


 慎一のスマートウォッチに、一本の動画リンクが届いた。それは、猫保護団体のSNSが新たに投稿したインタビュー映像だった。


 そこには、姪が笑顔でこう語っていた。


『私たちの活動を支えてくださった“無名の支援者”の方々に、心から感謝します。あの三毛猫が生きていられるのは、あの夜、誰かが花を置いてくれたからだと思うんです』


 慎一は、その動画を再生したまま、目を閉じた。


「記録は、人を救う。それが、唯一の“贖い”なのかもしれない」


■飛行機の予約完了


 航空会社から送られた予約完了メールには、フライト番号と時刻、搭乗ゲートの情報が記されていた。


 だが慎一の目に止まったのは、機内座席の位置だった。


 『F4』


 それは、父がかつて乗っていた車のナンバーと同じだった。


「偶然か……いや、“仕組まれた縁”だ」


■消えゆくサーバー


 慎一は、最終プロトコルを起動した。量子サーバーに設置された“自己消去アルゴリズム”が動作を開始し、1時間後にはすべての記録が消滅する予定だった。


 その様子を見つめながら、慎一はノートに一言だけ書き残した。


『証拠は記憶となり、記憶は姿を消す』


■最後の準備


 荷造りを終えた慎一は、部屋の中央に立ち、眼鏡を取り外した。その内蔵レコーダーには、全ての会話、動作、反応が記録されている。


 だが彼は、それを一つの封筒に入れ、机の引き出しに置いた。


 誰かがそれを見つけることがあれば——それは、彼の物語の“証人”となる。


■最終通信


 シンガポールのセキュアサーバーとの通信が確立され、慎一は遠隔ログインを開始した。画面には、現地のクラウドバンキング端末と、不動産登録局の連携プラットフォームが表示された。


 彼は“未来技術の金融認証キー”をUSBから読み取り、ブロックチェーン経由でマンション契約の最終確認を行った。


 認証が完了すると、画面には小さな猫のアイコンが表示された。


《転送完了:未来資産—フェーズ移行準備済》


「これで、全ての証拠は“国外”にある」


■未来への跳躍


 出発前の夜。慎一は最後の一通のメールを送った。宛先は父の古いアカウント——“@2045”の形式をもつ謎のメールボックス。


《すべてを終えた。君の望んだ形ではなかったかもしれないが——俺は、生きて、ここにいる》


 送信ボタンを押した瞬間、サーバーから“応答なし”の返答が返ってきた。


 それでも、慎一は満足そうに微笑んだ。


「返事は要らない。これで十分だ」


■空港への道


 タクシーに乗り込んだ慎一は、最後に街を見回した。通りを行き交う人々、鳴き声をあげる猫、曇り空にかかる小さな光の筋。


 それらすべてが、彼にとって“過去”だった。


 そして、新たな“戦場”が——彼を待っていた。


■出国の瞬間


 空港で最後の手続きを終えた慎一は、搭乗口の前に立っていた。ゲート番号は「42」。彼が長年プログラマーとして働いていた頃、最初に覚えた“人生の答え”の数字だった。


 ふと、彼のスマートウォッチが微かに振動した。


 画面に表示されたのは、監視カメラの録画が開始されたという通知。そこには、猫の瞳を模したフィルタを通して映された自分の姿が、小さく光っていた。


「最後の記録は、誰にも届かない。それでいい」


 彼は荷物を手に取り、静かにゲートをくぐった。


 世界が、変わる音は聞こえなかった。だが、それは確かに始まっていた。


■記録の余韻


 機内でシートに座った慎一は、眼鏡を外し、静かにケースにしまった。録音も記録も、今は不要だった。これから先は、計画ではなく、“再構築”の時間だ。


 前方のモニターに流れていたのは、たまたま流れていたニュース番組。そこに小さく映ったのは、猫保護団体代表の姪が語る姿だった。


『どんなに小さな命でも、それを守る人がいる限り、社会は変えられます』


 その言葉に、慎一は小さく息をついた。


 変わるべきは社会ではない。変えるべきは、復讐の果てにある“次の世界”。


 そのために彼は——飛び立つ。


第10話「最終調整」終わり



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