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かけた薄明  作者: 緑茶 萩
プロローグ
1/5

薄明

開いていただきありがとうございます。

まず最初に伝えておきます、初めて本格的に書く作品です。ですので正直伏線回収とか長編とか苦手ですが頑張っていきます。

後、なるべく調べてはいますが漏れや知識不足、何より当事者では無いので間違った知識で書いている可能性があります。その場合は指摘のほどよろしくお願いします。

 淡く湿った土と、消毒液の匂いが薄く混ざり合っている――雨上がりの午後、市立桜川総合病院(しりつさくらがわそうごうびょういん)の六階特別病棟。

 明星(あけぼし) (せき)は車椅子のリムに手をかけ、エレベーターを降りた。廊下の床材はほどよく硬く、タイヤが転がるたび滑らかな音を残す。身を起こすと視界が一瞬ぶれて、白い照明と淡い壁紙が揺れた。深呼吸。肺の奥に吸い込まれる空気は少し冷たいが、雨の名残を含んで心地いい。


 受付でもらった名札には「面会者/6F特別病棟」と印字されている。灰色のプラスチック片を胸ポケットに差し込み、進行方向左側の案内板を確かめた。廊下は静かだ。遠くで電子音が一定のリズムを刻むなか、斥の車椅子の軋みが控えめに共鳴する。


 突き当たりを折れたところに、小さな待合スペースがあった。窓際の長椅子の上には畳まれた毛布と読みかけの文庫本。誰もいない。扉のガラスに映る自分の姿は、車椅子の背と重なり、どこか宙に浮いたようだ。


 メモにある部屋番号を読み返す。斥は膝の上に置いた掌を一度握りしめ、扉の前へ。車椅子のブレーキをかけて、軽くノック。返事はない。二度目のノック。やはり応答はないが、扉の向こうからかすかな風の匂いが漏れた気がした。斥はドアノブへ手を伸ばす。少し高い位置にある把手を掴む瞬間、肩の筋肉にわずかな張り。けれど、戸を横へ押しひらく。


 室内は想像より明るかった。大きな窓が開け放たれ、レースのカーテンがふわりと翻る。病室というより、静かな温室のようにも思える。ベッド脇の机には薄いノートPCと専門書。その隣に淡い蜂蜜色のゼリーが置かれている。


 そしてベッドサイドの椅子に――ロングの白髪を陽に透かす少女が座っていた。


 華奢。薄氷で形作られたような輪郭。膝上に開いた本へ視線を落とし、静かにページを指でなぞっている。斥の車椅子の軸受のきしみが鳴ると、少女――綾瀬(あやせ) 有希(ゆき)は振り向いた。灰色がかった瞳に午後の光が映える。


 「……あ」


 薄い声が漏れた。胸の奥で小さく砕けるような音がした。彼女は本をそっと閉じ、視線を上げる。灰色がかった瞳が、午後の陽射しを静かに映し込む湖面のように、揺らぎながらも凪いでいた。


「……失礼します。綾瀬、有希さん、ですよね?」


 落ち着いた声を意識するものの、鼓動が早い。有希は頷き、ほんの小さな笑みを浮かべた。


「はい。――あなたが明星斥くんですね」


「どうして……?」


「父にお名前を聞きました。来てくださって、ありがとう」


 どこまでも淡い声音なのに、芯がある。不思議と耳に残り、胸に降り積もる感覚。斥は車椅子のフットレストを微調整し、ベッド近くのスペースへ滑り込む。


「ここ、いいかな?」

「もちろん。お座り……いえ、そのままで大丈夫ですよ」


 車椅子であることを当然のように受け止める口調に、わずかに胸が緩む。斥はブレーキをかけ、姿勢を整えた。


「読書、してた?」


「ええ。物語を読むのは久しぶりなんです」


 有希が閉じかけた文庫本の背を撫でる。ページの白と白い指先が境目を失い、そのまま光に溶けそうだ。


「論文ばかり読んでいると、腰を据えて想像する時間が減ってしまって……あなたは、本、好きですか?」


「好きだよ。物語なら何でも。――逃げ場にすることもあるけど」


 “逃げ場”という語を選んだ瞬間、胸の奥で小さな針が動いた。過去――。だが有希は言葉の温度を変えない。


「逃げてもいいと思います。読んでいる間は、その世界で呼吸できますから」


 斥は思わず笑った。

 カーテンが揺れ、窓辺の花瓶の水面がかすかに波を打つ。


「じゃあ、今度僕のおすすめを持ってくる。甘いものも一緒に」


「約束、できますか?」


「うん、約束する」


 その言葉を聞いた途端、壁の時計が秒針をひとつ進め、細い音を立てた。どちらが先に微笑んだのか。たぶん、有希。続いて斥。音のない空気が、ゆるやかに息を吹き返す。


 窓から差す光が有希の白髪を撫で、散った粒が床へ舞い落ちる。斥は車椅子の背に身を預け、視線でその光を追う。タイヤ越しの世界は少し低い位置にある。けれど、その光と影の揺らぎは、たしかに同じ高さでふたりを包んでいた。


 呼吸がひとつ重なった。

 まだ互いの過去も傷も、口に出すには早すぎる。

 けれど、薄明の色をした静かな橋が、その瞬間、確かに架かり始めていた。


      


 ナースステーションの時計が午後三時を告げる。

 命を包む白い廊下の奥、タイヤが静かに回る。

 薄明の温度は――ほんのわずか、ぬくもりを帯びていた。

ありがとうございました。

余談ですが、アニメとかに影響されやすいので作中内、キャラクターの口調が変わってたりする可能性あります。あしからず。


追記

書き直しました。理由等は活動報告にまとめてあります。ご迷惑をおかけします。

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