他愛ない会話、それと殺人鬼
※日にちは適当です
8月6日
「おー、こえー」
橋田がまるで怖がってないような声で呟く。
「なんか怖いニュースでも載っていたのか?」
俺も少し笑みを含んだ声で言う。
「いやさ、ここ最近この街を騒がせてる連続殺人鬼、いるじゃん。」
「あー、ブツブツ殺人のヤツだろ?」
ブツブツ殺人というと、少し面白味のある言葉だと感じるだろうが、実際は、体に複数箇所穴を開けて殺すという、かなり凄惨な殺人である。
「そう。あの身体中にアイスピックで穴開けてくヤツ。こえーよなー。ほら、被害者は石田って書いてある。たまたま同じ名字なのかなー?」
橋田は完全にバカにしている声でこっちをからかっている。
「うるっせえな。ほっとけよ。いやしかし、これで何人目だっけ?」
「あー、たしか...六人目ぐらい?」
「そんなに殺したのか。改めて数にしたら結構ひどいな。」
「ほんとだよ。警察は何してんだ。しかもさ、まだ凶器も分かってないらしいぜ?」
「それ、普通にヤバイだろ。」
ひとしきり日本の警察を罵った後、橋田は言った。
「なあ、今日もここにいていいか?俺、今自分の家に帰るの嫌なんだけど。」
俺は自分の家を見回した。
「こんな場所でいいのか?大分汚いぞ。」
友人といえどさすがに気が引けるのではないか。そう思ったが橋田は、
「いいよ別に。俺の家も同じようなもんだし。」
というものだから、俺も許可をした。
「そうか...じゃあ別にいいぞ。」
「あざっーす」
その後は別にどうでもよい、他愛ない会話をした。
8月7日
私は車の赤信号待ちの時に、そっと後ろのトランクの方へ目をやる。その車のトランクの部分にはまた新たな死体が入っている。
ああ、何て幸せなのだろうか。私は人にアイスピックを突き立てる、あの瞬間のことを思い返す。人の肌にアイスピックの刃が沈んでいく感覚。ドスンッという重厚感のある音。痙攣する人の体。刺した部分から溢れだしていく血液。その全てが私の心を満たしていた。
きっと私は今、世界で一番幸せだ。
そういう思いに耽っていたとき、自分の頭に違和感を覚えた。
頭が重い。視界もいつの間にか霞んでいる。丁度39℃の熱を引いたときのような感覚に似ていた。しかも、だんだんと幻聴まで聴こえるようになった。早く帰らないと。そう思うのも束の間、幻聴は大きくなっていく。そのうち幻聴は、なんと言っているか聞き取れるほどの大きさになっていった。
「よくも私を殺したな!」
「痛い!痛い!痛い!」
「お前のせいで今までの努力が全部水の泡じゃないか!」
うるさい、うるさいうるさい!お前らはいつか、どうせ死ぬ運命だ。それにお前らが消えたところで、社会は何も変わらない!分かったらとっとと引っ込め!
そう頭で念じたのも意味はなく、幻聴は大きくなっていき、目も霞み、頭が重くなっていく。
まずい、こんなところで気絶してしまったら。
まずい、まずい...ま...ず...
ガシャン!!
8月7日 夜
石田はおもむろにテレビを付けた。
画面にはブツブツ殺人の犯人が死んだとある。
「橋田ー」
「ん?なに?」
「これ、見ろ」
そのニュースを見て橋田は笑みをこぼした。
石田は言う。
「これってハッピーエンドってことでいいんだよな。」
「いや、これが何かの物語の一つだとしたら、そんなにハッピーエンドというわけでもないんじゃない?まあ、俺たちにとったら、ハッピーエンドだけど。」
「そうだよな。てか、ある種の物語ってどういうことだよ。」
「だって俺たち、死んでるじゃん、こいつに殺されて。」
そうだ。俺たちはもう死んでいるんだ。橋田に言われて、改めて意識する。
「どうせ成仏するのは変わらないけど、復讐ができただけじゃん。じゃあなんも変わらなくね?」
「なるほど、確かにそれも一理あるか。」
自分が一人で納得していたところに橋田のはしゃいだ声が聞こえる。
「おおー、幽霊は未練がなくなると成仏するってほんとなんだな。なんかすげえ興奮するわ。」
言われて、俺と橋田の足が消えていってることにやっと気づいた。
「ほんとだ、足が消えてってる。」
「まぁでも、幽霊の生活も悪くはなかったんじゃない?」
これから存在が消えるというのに、橋田は能天気なものだ。
「まあでもそうだな、確かに、うん、悪くはなかった。」
「じゃあまた、来世で。」
橋田は笑う。つられて俺も笑う。
「今時そんなクサイ台詞吐くのお前くらいだぞ。」
辺り一面血にまみれた部屋で、橋田と石田は、静かに成仏していった。