第17話 『悠人の提案』
第17話『悠人の提案』
瘴霊との戦いを終えた咲良たちは、疲労困憊の中、人気のない公園に集まっていた。蓮が乱れた髪をかきあげながら、「今日の瘴霊は今まで以上に動きが早かった。正直、俺たちだけじゃ厳しいかもしれない」とつぶやく。陽斗はその言葉に反応し、「だからって、俺たちが諦めるわけにはいかないだろ」と憤りを滲ませた声を出した。茜は二人を交互に見ながら、「でも、どうすればいいの?これ以上、何をすれば戦えるようになるの?」と不安げな表情を浮かべる。
そんな中、不意に低い声が響いた。「お前たちだけじゃ、何も変えられないさ。」その声に全員が一斉に振り向く。公園の木陰から現れたのは悠人だった。
「悠人…!」咲良が驚きの声を上げる。悠人は数日前に突如彼らの前に現れ、瘴霊に関する知識を示唆する言葉を投げかけた謎の男だった。その鋭い視線と冷静な態度は印象的でありながら、彼の正体や目的はいまだに不明だった。
「また現れたな、悠人」と蓮が険しい顔で言う。彼は悠人の言動に不信感を抱いていた。「何が目的なんだ?俺たちを見て楽しんでるわけじゃないよな。」
悠人は蓮の疑念を受け流すように肩をすくめた。「楽しむ?そんなことをしている暇はない。俺はただ、お前たちが知るべきことを伝えているだけだ。このままでは、お前たちの戦いが無意味に終わるからな。」
「無意味ってどういうことだよ!」陽斗が勢いよく食ってかかる。茜が彼を制するように肩に手を置いたが、その目にも悠人への疑問が浮かんでいた。
悠人は冷静に彼らを見渡し、「瘴霊を倒すだけでは何も変わらない。それどころか、もっと強い瘴霊が生まれるだけだ。根本を断たなければ、この連鎖は永遠に続く。」と告げた。
その言葉に咲良たちは息を呑んだ。咲良は家族を襲った霧の惨劇を思い出しながら、「根本って…それはどういう意味ですか?」と尋ねる。悠人は咲良の視線をまっすぐ受け止め、「瘴霊が生まれる原因。それはお前たちの心の闇だけじゃない。この街全体に広がる深い闇がある。それを暴かなければならない。」と答えた。
「でも、どうやって?」茜が戸惑った声を出すと、悠人はポケットから一冊の古びたノートを取り出した。「これにその答えが書かれているかもしれない。ただし、読む覚悟があるならな。」悠人はノートを咲良たちに差し出したが、内容についてはまだ語ろうとしなかった。
蓮が腕を組み、「俺たちがその“闇”に立ち向かうって言うのか?そんなの、簡単にできることじゃないだろ」と反論する。悠人は冷たい笑みを浮かべて言った。「簡単じゃない。だが、お前たちしかできないことだ。」
咲良は悠人の言葉に迷いながらも、視線を蓮や茜、陽斗に向けた。仲間たちの目にある覚悟を感じ取り、彼女は小さく頷いた。「話を聞かせてください」と咲良が言った時、悠人は満足そうに微笑んだ。物語はさらなる深みへと進んでいく。
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悠人の言葉に動揺を隠せない咲良たち。しかし、彼が見せた古びたノートには奇妙な文字や図が描かれており、ただの脅しや挑発ではないことが伝わってきた。咲良が慎重にノートを受け取り、表紙をそっとめくると、そこには「瘴霊発生記録」と題されたページが現れた。その内容は、この街で過去数十年間に起きた異常な事件や失踪に関する記録だった。
「これ…どういうこと?」咲良が戸惑いながら尋ねると、悠人は腕を組み、彼らの反応を楽しむように口元を歪めた。「そのノートには、この街で瘴霊が出現する仕組みや、なぜ瘴霊が人々を襲うのかという手掛かりが書かれている。そして、お前たちが戦っている理由も、そこに隠されている。」
陽斗が苛立ちを隠せずに声を荒げた。「そんなことが本当に書かれているなら、なんでお前が直接教えないんだよ!」
悠人は冷静に陽斗を見返し、「お前たちがどう動くかは、お前たち自身で決めなければならないからだ。俺がすべてを教えれば、それはただの命令だ。お前たちに本当の覚悟があるか試したいんだよ」と答えた。その言葉に陽斗は拳を握りしめたまま何も言えなくなった。
茜は不安げに咲良に目を向ける。「これが本当だとして、私たちにそれをどうしろっていうの?普通の人間の私たちに、そんな大それたこと…」
悠人は茜を真っ直ぐに見つめ、「普通の人間だからこそできるんだ。お前たちが持つ“心の力”が瘴霊に影響を与えることは、お前たち自身も気づいているだろう?その力を本当に使いこなすには、この街の秘密を知る必要がある。」
その言葉に全員が沈黙する。確かに、彼らは戦いの中で、自分たちの心の動きが瘴霊との戦いに影響を及ぼしていることを感じていた。しかし、それがどう繋がるのか、具体的な答えは見えていなかった。
「それでも、俺たちに何ができるって言うんだよ?」蓮が低い声で言った。「ノートに答えがあるのかもしれないが、それをどう使えばいいのかもわからない。」
悠人は蓮の言葉に冷静に頷き、「だから、これからお前たちに選択をさせる。街の闇を暴くか、それとも今の戦いを続けるか。どちらを選んでも、お前たちにとって簡単な道ではない。それでも覚悟があるなら、俺は手助けをしてやる。」
咲良はノートを見つめ、家族を失った過去の悲劇を思い出しながら決意を固めていった。仲間たちの視線が彼女に集まる中、咲良は深呼吸をして言った。「私たちが戦う理由を見つけるためにも、このノートを読み解いていこう。」
悠人は彼女の言葉に満足したように微笑み、「いいだろう。それがお前たちの選んだ道だな」と言った。そして、彼は一つの場所を指し示し、「まずはそこから始めるんだ」と新たな戦いの舞台を示すのだった。
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悠人が示した場所は、市内にある古びた図書館だった。外見は長年放置されたようで、木の扉には埃が積もり、窓のガラスは割れている箇所も目立っていた。しかし、悠人はその場所に何か重要なものがあることを強調し、「ここには、街の秘密を解く鍵が隠されている」と語った。咲良たちはその言葉を信じて、立ち上がった。
「ここに来る理由がわかったわけじゃないけど、私たちがやるべきことは確かにある」と咲良が言うと、蓮も「無駄じゃないと信じるしかないな」と返した。陽斗は不安げな顔をしていたが、茜の肩をそっと叩き、「行こう、俺たちの答えを探しに」と言った。
図書館に足を踏み入れると、しんとした静寂が二人を包み込む。棚に並ぶ書物は古びており、その一冊一冊に時の流れが刻まれていた。しかし、悠人はすぐに目的の場所を見つけたように動き出し、奥の部屋に向かって歩いていく。
「その部屋は…」咲良が声をかけると、悠人は振り返り、冷静に答えた。「お前たちの知らない歴史がここには眠っている。その歴史を知らずに戦い続けるのは、無駄だ。」
その言葉に咲良たちは黙って従い、悠人の後ろをついていった。暗い廊下を進むと、最後にたどり着いた部屋には古い地図や書類、そして古びた箱がいくつか散乱していた。悠人は一つの箱を手に取ると、そっと開けた。その中には、いくつかの手紙と写真が収められていた。
「これが…?」咲良は驚きの声を漏らす。手紙には街の創設者たちの名前とともに、街の成り立ちに関する秘密が書かれていた。写真には、かつて街のリーダーだった人物が映っており、その顔に見覚えがある者もいた。悠人は手紙を取り出し、咲良に渡した。「これらの人々が、瘴霊の発生に関わっている。」
「瘴霊が…どうして?」咲良は混乱しながらも手紙を読み進める。そこには、かつて街の一部で行われた禁断の儀式が記されていた。それは、住民たちの内面に潜む“闇”を解放し、強大な力を手に入れようとするもので、結局その儀式が街に呪いをもたらし、瘴霊を生み出す原因となったという。
「これは…信じられない…」茜が声を震わせながら言った。
「信じたくないだろうが、これが事実だ」と悠人は冷静に答えた。「この街の呪いが続く限り、瘴霊は生まれ続ける。」
咲良は手紙をしばらく見つめていたが、やがて顔を上げ、決然とした表情で言った。「私たちは、この呪いを解かなければならない。瘴霊がどうして生まれたのかを知った以上、もう逃げられない。」
その瞬間、蓮が静かに口を開いた。「じゃあ、どうするんだ?この呪いを解くために、俺たちは何をすればいい?」
悠人は一瞬考え込み、そして低い声で言った。「呪いを解くには、街の深層に隠された“源”を壊さなければならない。その源が今も、この街のどこかに残っている。」
咲良はその言葉に心を決めた。「なら、それを壊す方法を探し出す。私たちで。」
「お前たちがその覚悟を持っているなら、俺は力を貸す」と悠人が静かに言った。彼の目には、少しの期待のような光が宿っていた。
その時、部屋の奥から重い音が響き、突然照明が消え、部屋全体が暗闇に包まれた。咲良たちは驚き、周囲を見回した。悠人もその変化に気づき、無言で立ち上がる。その瞬間、何かの気配が彼らを包み込み、部屋の中に見えないものが動き出すのを感じた。
物語は、さらに闇深い領域に踏み込んでいく。
第17話 『悠人の提案』 (完)