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第16話 『咲良の秘密』

第16話『咲良の秘密』


夜の空気が冷たく張り詰める中、咲良は一人、人気のない道を歩いていた。街灯の明かりが彼女の影を長く引き延ばしている。仲間たちが眠る拠点を抜け出すのはこれで何度目だろうか。胸の奥にあるモヤモヤを振り払うように、足を前へ進める。その表情は疲れ切っており、目の奥には深い迷いが宿っていた。


咲良が向かった先は、町外れの廃墟となった教会だった。長い間使われていないその建物は、静寂の中で不気味に佇んでいる。咲良は教会の中に入り、壊れた椅子の一つに腰を下ろすと、小さな声でつぶやいた。「どうして、あの時……私は何もできなかったの……?」


彼女の脳裏には、幼い頃の記憶が蘇る。まだ平穏だった日々、家族と過ごしていた幸せな時間。しかし、その幸せは突然崩れ去った。原因は覚えていない。ただ、何か恐ろしい存在が家族を襲い、彼女の目の前で全てが壊れていったのだ。そして、自分はその時、何もできずにただ怯えていた。その無力感が、今もなお彼女の心を縛り付けていた。


一方、拠点では咲良のいないことに気づいた茜が不安そうな表情を浮かべていた。「咲良、また出て行っちゃったみたい……。最近ずっとこうだよね。」茜の声に、蓮も考え込む。「あいつ、何か抱えてるな。でも、聞いてもはぐらかすばかりだ。」


「放っておけないよ。危ないかもしれない。」陽斗が立ち上がり、追いかける準備を始めた。「咲良が一人で出歩いてるのは、明らかにおかしい。俺、探してくる。」


茜と陽斗が町外れの道を進んでいると、教会の中からぼんやりとした光が漏れているのを発見する。その中で咲良がうつむきながら独り言をつぶやいている姿が見えた。「……どうして私はあの時、助けられなかったんだろう……。」


咲良の声は震えており、まるで誰かに語りかけるようだった。茜と陽斗は声をかけるべきか迷ったが、その場の雰囲気に圧倒され、足を止めた。咲良の秘密に触れることが、彼女自身を追い詰めるのではないかという不安が彼らを躊躇させたのだ。


その時、教会の奥から微かな音が聞こえた。風が窓を揺らしたのかと思いきや、それは何かが動くような不気味な音だった。咲良が驚いて顔を上げた瞬間、闇の中から瘴霊が現れた。


---


闇の中から現れた瘴霊に、咲良は硬直した。禍々しいその姿は、まるで彼女の過去の記憶から具現化したかのようだった。瘴霊は不規則な動きで教会内を這い回り、やがて彼女をじっと見つめた。咲良の体が恐怖で震える。何か叫びたかったが、声が出なかった。


教会の外で様子を伺っていた茜と陽斗も瘴霊の姿に気づき、目を見開いた。「やばい、咲良が危ない!」陽斗が声を上げ、駆け込もうとしたが、茜が彼の腕を掴んで止めた。「待って、無闇に入ったら危険だよ!様子を見よう。」


教会の中、咲良は目の前の瘴霊に向き合いながら過去の記憶がよみがえるのを感じていた。幼い頃の自分、家族を襲った悲劇。その中心には、当時彼女が目にした「何か」がいた。それは目の前の瘴霊と酷似している。咲良はそのことに気づき、背筋が凍った。「これって、あの時の……」


瘴霊が咲良に向かってゆっくりと迫り、冷たい風のような気配が彼女を包み込む。その瞬間、咲良の中に抑え込んでいた記憶が一気に解放された。彼女は震える声でつぶやいた。「私が、家族を守れなかったせい……。あの時、何もできなくて……。」


その言葉を口にした途端、瘴霊は彼女に襲いかかった。しかし、咲良はぎりぎりのところで体を避ける。恐怖に怯えながらも、彼女の心には奇妙な感覚が芽生えていた。それは、今度こそ逃げずに立ち向かうべきだという決意だった。


教会の外では、陽斗が茜に言った。「もう待てない、咲良を助けなきゃ!」陽斗は意を決して教会に飛び込む。茜も仕方なく後に続いた。「咲良、大丈夫か!」陽斗の声に咲良は振り向き、驚いたような表情を見せた。


「どうしてここに……?」咲良は戸惑うが、すぐに陽斗が剣を構えて瘴霊に立ち向かう姿に目を見張る。「お前一人で抱え込むなよ!」陽斗の言葉に咲良の胸がじんと熱くなる。しかし、瘴霊の攻撃は激しく、陽斗も防戦一方だった。


「私のせいなの……この瘴霊は……!」咲良は震えながら叫んだが、陽斗はそれを否定するように言い放った。「関係ない!今はどうするかだ!」その言葉に、咲良は勇気を得る。彼女は茜の助けを借りて自分の「痰」と向き合い、瘴霊を倒す方法を模索し始めるのだった。


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咲良は目の前に現れた瘴霊を見据え、心の奥にしまい込んでいた記憶を引きずり出すように震える声で口を開いた。「私には……みんなに隠してきたことがある。ずっと、誰にも言えなかった。」


瘴霊は咲良の心の隙間を広げるように唸り声を上げ、彼女の周囲に濃い霧を漂わせ始めた。その霧の中に現れたのは、咲良が幼い頃に目にした光景だった。


それは、家族で訪れたキャンプ場での出来事だった。咲良は弟の翔太と森の中で遊んでいたが、ふと目を離した隙に翔太が何者かに襲われたのを目撃した。その「何者か」は人間ではなく、目の前の瘴霊に似た異形の存在だった。「翔太が危ない!」と思いながらも、恐怖に足がすくんで何もできなかった咲良。次の瞬間、父が二人をかばうように駆けつけたが、その異形に襲われ、命を落としたのだ。


咲良の記憶はそこで止まっていた。事故として処理されたその事件は、母と翔太の間でもタブーとされ、誰も語ろうとしなかった。しかし咲良はずっとその日を責め続けてきた。「私がもっと勇気を持っていれば、父は死ななかったはずだ……。」


「だから私は、父の死を招いた張本人なんだ!」咲良は涙をこぼしながら叫んだ。陽斗と茜が驚愕の表情で咲良を見つめる。


「違う!」陽斗が声を張り上げる。「それは君のせいじゃない!誰にもそんなことはできなかった!」茜も必死に続ける。「咲良、あなたが生きているからこそ、弟の翔太も救われているのよ!あなたのせいじゃない!」


咲良は二人の言葉を聞きながらも、なお胸を締め付ける罪悪感に抗うことができなかった。その時、瘴霊が形を変え始め、父が襲われた瞬間の姿を再現するかのような異形になった。「そうだ、私が逃げたから、こうなった……!」


茜が咲良の肩を掴み、目を覗き込むようにして叫ぶ。「咲良!自分を許して!その弱さを受け入れて吐き出すのよ!」


咲良は涙を流しながら、胸の奥からこみ上げるものを感じた。それは、罪悪感と共に積み重なった恐怖と憎しみの塊。彼女は大きく息を吸い込み、それを吐き出した。黒く濁った痰は瘴霊に向かって放たれた。


痰が瘴霊に触れると、それは光の粒子となり、瘴霊を蝕んでいく。しかし、瘴霊は最後の力を振り絞り、咲良に向かって猛攻を仕掛けてきた。その時、陽斗が剣を振り上げて間に割って入り、茜も魔法のような光を放って援護する。「咲良、今だ!」


咲良は深く息を吸い込み、もう一度痰を吐き出した。最後の痰が瘴霊を完全に覆うと、その姿は光に溶けるようにして消え去った。静寂が戻り、咲良は膝から崩れ落ちた。


「終わったの……これで。」咲良の頬を伝う涙は、彼女が抱えてきた長年の重荷を解き放つものだった。陽斗と茜は彼女を支えながら微笑む。「君は本当に強くなったよ。」


だが、その時、教会の奥からまた別の瘴霊の気配が漂い始めた。咲良たちは新たな試練の気配を感じ、再び顔を引き締めたのだった。


第16話 『咲良の秘密』 (完)

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