第14話 『敵か味方か』
第14話『敵か味方か』
瘴霊を倒した翌日、蓮たちは疲れた体を休める間もなく、次の一手を考えていた。咲良の記憶と手がかりから導き出された情報は不十分で、瘴霊の出現理由やそれを操る存在については未だ謎のままだった。
「森で見た影……あれは瘴霊じゃなかった。」咲良が語り出した。彼女の声には不安が滲んでいた。「瘴霊の動きはもっと単純で獣みたいなもの。でも、あの影は私たちを見ていた。意思を持っているように感じたの。」
「意思を持つ存在……?」茜が眉をひそめた。「そんなの、ただの瘴霊じゃないわね。」
「それに、あの影を見た瞬間、胸が締め付けられるような感覚がしたんだ。」咲良は言葉を絞り出すように続けた。「まるで、私の中の何かを見透かされているみたいだった。」
蓮は黙って話を聞いていたが、ふと視線を上げた。「それが本当に瘴霊とは別の存在なら、俺たちがこれまで見てきたものよりも厄介かもしれない。次にどこで何が起こるのか、もっと警戒しないといけない。」
その時、窓の外から小さな物音が聞こえた。一行が緊張しながら振り向くと、そこには黒いフードを被った青年が立っていた。
「誰だ!」陽斗が立ち上がり、威圧的な声を上げた。
青年は静かにフードを下ろし、冷たい目で蓮たちを見つめた。「お前たちが瘴霊を追っている連中か。」
「そうだとしたら、お前は誰だ?」蓮が慎重に問いかけた。
青年は少し間を置いてから答えた。「俺は悠人。この町に現れる瘴霊について少しばかり知っている。それを伝えるために来た。」
「どうしてそれを知っているんだ?」茜が鋭い口調で問い詰めると、悠人は無表情のまま肩をすくめた。「理由を言う必要があるか?重要なのは、お前たちがこの先どうするつもりかだ。」
悠人の態度は終始つかみどころがなく、一行は困惑した。陽斗は彼を疑わしげに睨みつける。「お前が敵じゃない保証なんてどこにもない。」
悠人はその言葉に対して微かに笑みを浮かべた。「それを判断するのはお前たちだ。俺はただ、協力する意思があると言っているだけだ。」
「協力ってどういう意味?」咲良が一歩前に出て尋ねると、悠人はポケットから小さな黒い石を取り出した。「瘴霊を封じるのに使えるアイテムだ。ただし、リスクが伴う。それでも使うかどうかはお前たち次第だ。」
その場の空気が張り詰めた。悠人の持ちかけた協力は魅力的でありながら、どこか不気味でもあった。一同はその提案を受け入れるべきかで揺れ始める。果たして悠人は味方なのか、それとも敵なのか――その判断を下すには、まだ何かが足りないように感じられた。
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悠人の言葉に一同は静まり返った。目の前にいる彼が敵か味方か判断がつかない以上、下手に動けない。蓮が悠人を睨みつけたまま口を開いた。
「その石が本当に瘴霊を封じるアイテムだとして、なぜそれを俺たちに渡そうとするんだ?何か裏があるんじゃないか?」
悠人はポケットに石を戻し、皮肉めいた笑みを浮かべた。「裏があるとしたら、俺がお前たちに接触する理由をわざわざ話すだろうか?お前たちは瘴霊に襲われて困ってる。その手助けをしようってだけだ。」
「助けたい理由を教えてくれない限り、信用なんてできない。」陽斗が悠人をじっと睨む。
悠人はため息をつき、視線を咲良に向けた。「俺は……瘴霊に家族を奪われた。その原因がここにいるお前たちや、この町に潜む何かにあるんじゃないかと思ってる。だから、瘴霊を追うお前たちの力を利用したいだけだ。」
「利用?」咲良が眉をひそめる。「それなら、協力っていうのは一方的な話じゃないの?」
悠人は表情を変えずに頷いた。「その通りだ。俺もお前たちも、お互いに得をするだけだと思え。敵か味方かなんて言葉は意味がない。」
悠人の言葉には納得できない部分もあったが、彼が持つ情報や道具が有効ならば無視するのは難しい。一同が互いの顔を見合わせ、言葉を交わす中で、悠人は窓際に立ち、外を見つめたまま静かに続けた。
「もし俺を信じられないなら、それで構わない。ただ、この石を使えるのはお前たちだけだ。」
「どういうことだ?」茜が訝しげに問うと、悠人は石を再び取り出し、それを蓮に放り投げた。蓮が反射的に受け取ると、石は黒く鈍い光を放ち、微かに振動を始めた。
「この石には、瘴霊を封じる術が込められている。だが、それを発動させるには持ち主の“内側”が必要だ。つまり、弱さや負の感情を抱えている者しか使えない。」
その言葉に咲良たちは動揺を隠せなかった。弱さや負の感情といえば、自分たちがこれまで瘴霊と戦う中で向き合ってきたものそのものだ。
「弱さを武器にする……か。」蓮が呟くように言った。「なら、この石を使えるのは俺たちしかいないってことか。」
悠人は静かに頷く。「お前たちがどうするか決めろ。俺がついて行ってやるとは限らない。だが、この石を使う覚悟があるなら、俺は情報を提供する。それが条件だ。」
蓮たちは再び悩み始めた。悠人が敵である可能性は消えないが、石の力を無視することもできない。咲良はそっと蓮の肩に手を置き、目を合わせた。
「蓮、どうする?この人を信用する?」
蓮は少し考え込み、苦渋の表情を浮かべながらも言葉を吐き出した。「この状況じゃ、選択肢は多くない……まずは、こいつの情報を聞いてみよう。」
悠人は無言のまま笑みを浮かべ、彼の正体が味方か敵か、判断できぬまま中盤の緊張は深まっていった。
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蓮の決断を受け、悠人は静かに頷いた。「いいだろう。だが、お前たちがこの石を使う覚悟があるか、それをまず試させてもらう。」
「試す?」陽斗が訝しげな声を上げると、悠人は冷ややかな目で一同を見渡した。「言っただろう。この石を使うには内面の弱さをさらけ出す必要がある。言い換えれば、自分の闇を受け入れることができなければ、この石はただの無価値な物体だ。」
蓮たちは顔を見合わせ、不安そうな表情を浮かべた。それぞれの胸に去来するのは、過去の痛みや弱さへの恐怖だった。咲良は一歩前に出ると、悠人に問いかけた。
「それを受け入れたらどうなるの?私たちがもっと傷つく可能性だってあるんじゃないの?」
「その通りだ。」悠人は即答した。「お前たちの中にある闇に触れることで、新たな瘴霊が生まれる可能性もある。だが、それを恐れていてはこの町を救うことなんてできない。」
悠人の言葉は冷徹だったが、その中には確かな信念が感じられた。蓮は小さく息を吸い込み、石を握りしめた。「いいだろう。俺が試す。」
「蓮!」咲良が驚いたように声を上げたが、蓮は振り返らずに続けた。「俺たちが進むためには、誰かが最初にこの石の力を試さなきゃいけない。それなら、俺がやる。」
悠人は小さく頷き、蓮に指示を出した。「目を閉じて、その石に自分の中の最も弱い部分を想像しろ。隠さず、逃げず、正面から向き合え。それができなければ、石はただの重荷になるだけだ。」
蓮は目を閉じ、頭の中に浮かぶ過去の記憶と向き合った。父親に厳しく叱られた幼少期、友人を裏切る形で助けられなかった苦い経験。そして、何より、自分自身の弱さに苛まれてきた日々――それらが渦巻く中で、石が熱を帯び始めた。
すると突然、蓮の周囲に黒い霧が立ち込め、彼の中から生まれた瘴霊が形を取った。それは彼自身の姿を模しており、目には深い憎悪が宿っていた。
「これが……俺の闇……?」蓮は震えながら呟いた。瘴霊は彼に向かって低く唸り声を上げると、鋭い爪を振りかざして襲いかかってきた。
「蓮!」咲良が叫び、茜や陽斗も駆け寄ろうとしたが、悠人が手を広げて止めた。「手を出すな!これは奴自身の戦いだ。」
蓮は必死に瘴霊を避けながら、握りしめた石の力を引き出そうとした。自分の中の恐怖と戦いながら、彼は呟いた。「俺は……逃げない。もう、自分の弱さから目を背けない!」
その瞬間、石が強烈な光を放ち、瘴霊を包み込んだ。霧の中で瘴霊は苦しみの声を上げ、やがて消滅した。蓮はその場に膝をつき、息を切らしながらも微かに笑った。「これが……石の力か……。」
悠人は無表情のまま、蓮に近づき、静かに言った。「お前はやるべきことをやった。だが、この力を使う度に、自分の闇に飲まれる危険もある。それを忘れるな。」
咲良たちは蓮の元に駆け寄り、彼を支えながら涙を浮かべた。その背後で悠人は黙って立ち去ろうとするが、蓮が弱々しく声を上げた。「待て……悠人。お前の協力が必要だ。」
悠人は振り返り、冷たく微笑んだ。「なら、俺を信じてみろ。次に進む道はお前たち次第だ。」
その言葉を残し、悠人は姿を消した。蓮たちは新たな力を手に入れたものの、それが新たな試練の始まりであることを悟るのだった。
第14話『敵か味方か』 (完)